三千七十(うた)行動日記(初狂歌、阿弥陀堂、96歳の狂言を母に見せた)
丙午(西洋地球破壊人歴2026)年
一月四日(日)
昨日行動日記の木馬亭に作った歌が、(朗詠のうた)に該当しなかったので、ここへ移動させた。初移動兼初狂歌である。移動は、かつてメモ書き歌を作ったときに、メモ書き特集から別の特集へ移動させることがあった。今はメモ書き歌を作らなくなったので、初移動兼移動閉め、かな。
初狂歌出不精になるは気を付けよデブ性癌脳虚弱心臓

これまで狂歌はいけない()だったものが、初めて狂歌を作り、これで二度目だ。今年の初狂歌で、人生でも二度目になった。

-----------------------------------ここから(見沼代用水と地元の話題、百十六)--------------------------
午後の散歩で、阿弥陀堂まで行った。墓地と集会棟の奥に草むらが続く。この草むらもいつかは宅地造成されるのか、と考へながら先へ進むと、神社がある。と云っても、鳥居が二つと社だけの小さなものだ。なるほど、阿弥陀堂と社は、かつて一体だったのだらう。
帰宅後に調べると
武蔵国北足立郡浦和領根岸村字根岸前
真言宗 阿弥陀堂
一本尊:阿弥陀如来
一由緒:不詳
一堂:間口二間奥行二間半
一境内:弐百弐拾坪、民有地第二種村持
一信徒:七拾八人、墓地ニ付引裂願中
一管轄庁迄:拾九町弐拾間
「昭和十七年三月二十七日浦和市仲町二丁目真言宗玉蔵院ヘ所属」

とある。かつて外科のA医院に数回通院したときに、横の路地を歩き、田島通りを過ぎると阿弥陀堂に出た。最初は、薬師堂と区別がつかず混同した。武蔵野線の北側と南側だ。A医院は、今では整形外科と皮膚科だ。代が替はったのだらう。
薬師堂は、墓地、本堂、不動堂、石仏群のほかに公会堂があり、道路を隔てて神社がある。神社は、本殿、社務所、神輿倉、稲荷があり、敷地は薬師堂より大きいと思ふ。薬師堂は、かつて鳳来山玉泉院と称し、玉蔵院の末寺だった。
神ほとけ分けるは悪魔の仕業にて 徳川による寺請けが悪しとは云へ 薩長の廃仏棄釈国を滅ぼす

反歌  神ほとけ一つの所並び住む和みの心大和には合ふ
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-----------------------------------ここまで(見沼代用水と地元の話題、百十六)--------------------------

-----------------------------------ここから「いろは亭、浪曲と古典芸能四十六」------------------------
新春能狂言で96歳の野村萬さんが演じるところを、本日母に見せた。母より2歳年上なのにすごいねえ、と話した。
母よりも二つ年上萬さんは 野村万蔵七代目隠居の名にて狂言へ 古き昔を訪ねると新平家では鳥羽院を翔ぶが如くは月照となる

反歌  母よりも年上故に励ましの映像となり初孝行へ(終)

「いろは亭、浪曲と古典芸能四十六」 「いろは亭、浪曲と古典芸能四十八」

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