二千六百七十五(朗詠のうた)本歌取り、夏子(樋口一葉、その二)
乙巳(西洋発狂人歴2025)年
三月九日(日)
「恋の歌」へ入り
初瀬川ひはらの奥のかねの音のつきぬ願も誰ならなくに

鐘の音のつきぬ願ひを仏止め末の世非ず今も変はらず

次は
名取河浪のぬれぎぬきつる哉おもふ心もまだかけなくに

名取川東の国の歌枕東広がり蝦夷地果てまで

人口減少期に北陸新幹線を小浜経由で作ってはいけないで、長歌に「国内すべてどれかと結ぶ」、反歌では「秋津洲すべての土地は大都市」。奥羽や北海道はどこと結ぶのか、の疑問に答へた。
みるめなきうらみはおきてよる波の たゞこゝよりぞたちかへらまし

見る目無き裏雇ひ入れ大波に小船は揺れて船おさ溺れる

本歌は、うら、おき、波、たちかへりをみるめの縁語とするので、本歌取りも裏、大波、小船、船おさ、溺れるを縁語にした。
みちのくのなき名とり川くるしきは人にきせたるぬれ衣にして

文の為実結び名取り夏の子は歌枕にてみちのくへ旅


三月十日(月)
「雑の歌」へ入り
吹く風のあとなき空をながむれば入相のかねのこゑぞさびしき

吹く風があると無しとのそれぞれに入相のかね寂しさがあり

次は
谷川の早き流にうつりても山のすがたはのどけかりけり

谷川の速きしぶきに写る山より険しくも緑変はらず

すぐ次の
ぬばたまのよるこえ行けばあし引の山いや高き心地こそすれ

真夏日に山道行けば心地よく街(まち)道よりも短く低し

次は
静かなる心の底にひゞき来てわが山川の音ぞなれぬる

静かなる家に馴れると谷川の音うるさきに引っ越し多し

最初の案は
静かなる家に馴れると谷川の音うるさきに売る先探し

狂歌みたいなので修正した。その後「音うるさきに」までが「売る先探し」の序詞とすることもできるので、別の歌として復活させた。谷川横の家の話は新古今集(その二)の最後から十二行目。
おのづから松の嵐もきゝなれてその山寺に人は住みけり

沼津浜千(ち)本(もと)の松は吹く風を防ぎて家と田畑を守る


三月十一日(火)
うしとてもいかゞはすべき世の中はそむきかぬるぞ重荷なりける

うま走る美味(二文字で、うま)き食べ物見つけむと眼の前にある米と青物

掛詞は好きではないが、本歌は一句目で完結するので嫌味がない。本歌取りは、同音繰り返しにした。
庭松の名ばかり高くなりにけり宿のあるじは木かくれにして

肩書きが独り歩きし其の人の頭と心大きく劣る

大学教授の肩書で専門外のことを大量に云ひ、つひには身勝手な老人発言で若い人たちから顰蹙を買った人を想定した。
すきかへす人こそなけれ敷島のうたのあらす田荒れに荒れしを

敷島の歌は明治に字余りや美しさ無し荒れに荒れしを

本歌は、景樹の
しき島の歌のあらす田荒れにけりあらすきかへせ歌の荒す田

を本歌取りしたもの。小生は夏子が新派の変な傾向を嘆くものと取った。後から景樹の歌を知った。(終)

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