三千六十九(うた)個人崇拝の罠
丙午(西洋地球破壊人歴2026)年
一月三日(土)
中進国の罠と云ふ言葉がある。製造の下請けで経済が伸びた国は、そのままでは頭打ちになることだ。似た話で、個人崇拝の罠、と云ふ言葉を作ってもよいくらいだ。
中規模の会社で、よく起きる。本人の素質にもよるが、5%くらいは個人崇拝者が出る。中規模だから、5%でもある程度の人数になる。すると「私はカリスマだ」と勘違ひする。
中規模の罠は個人の崇拝か決定権の独占もあり
直近では、一昨年九月まで一部勤務した会社がさうだった(前へ)。一部勤務とは、パートなので別の会社と掛け持ちだった。また、雇用ではなく、形だけ受託だった。この会社の会長が「保険会社の人が言ってゐたが、損害は起こした人が本来は負担すべきですよね」と発言した。事故率が上がり、会社が掛けた保険料が上がる為だった。この発言で、極めて不信感を持った。
ところがそのあと、xxxxxシップ(xxxxxは会社名)で会長が登壇し発言を聴いて、不信感が消えて、親近感を持った。小生でさへさうなのだから、熱烈ファン、親衛隊、みたいな人が一定数は出たのだらう。
その後、請負契約を変更し、シップ出席が契約更新の必須条件になった。シップは飲食が出るので、交通費のみ支給された。丁度この日は用事があり、欠席した。欠席した人用に、数回同じことを行ふと云ふので申し込んだ。念のために、飲食が出るのか訊いたら、出ないと云ふ。それならその分の手当てが出るのか訊いたら、交通費だけだと回答があった。これでは、ただ働きだ。それなら欠席にしてくれと云ったら、支店長から電話があって、その月の末で契約解除(雇用で云ふ、解雇)になった。
これは会社側の契約違反だ。本来は、一年間の契約期間終了時に、更新しないことで終了させなくてはいけない。しかし人手不足の時代に、あんな会社で働くことはない、とばかり手を切った。
その前の、六十五歳の再雇用終了まで二十八年間勤務した会社は、中規模なのに個人崇拝は二名しかゐなかった。新卒や中途でたくさん雇っては、たくさん辞めて行く。とんでもない会社だったが、不思議と社長を恨む人は出なかった。要は社長室に引きこもるから、崇拝者も恨む人も出ず、皆が呆れて辞めて行った。
最初からさうだった訳ではなく、株式公開を目指す、と張り切ってゐた。しかし目標年になっても出来ず、一年遅らせ、また一年遅らせ、を続けるうちに、引きこもりになった。公開を目指すときに委員会を作り、小生もその一員にすれば、いろいろと働けたのに、と残念だ。
なぜ失敗したかは、会社が倒産危機のときに、負債を社長個人が負ひ、持ち株会社を作りそこの負債とした。公開すれば、持ち株会社の株を売り借金を返済し、それでも社長の個人所有が発行株式の25%で筆頭株主だった。さう云ふ不純な目的で公開を目指せば、失敗するのは当然だった。
個人崇拝の罠は、大規模の組織でも起きる。或る大企業は、高齢の会長が、社長候補を次々に招聘しては暫くして辞めさせる。危ない会社だと思ってきたら、案の定、特別注意銘柄に指定され、会長は辞任した。
ロシア(当時はソ連)では、スターリンが個人崇拝を進めて、死後は「血に飢ゑた暴君」に格下げされた。中国でも、毛沢東の死後に四人組が逮捕された。
これらは崇拝者が5%でも、株を多く持ったり、軍の支配権を握って、権力で個人崇拝を押し付けた。個人崇拝が悪い理由は、人間は必ず間違へる。95%は正しくても、5%は間違へる。こんな誰でも分かる簡単な原理さへ無視するのが、個人崇拝だ。
昔からすべてのものは間違へる 教祖偉人や大統領会長社長 組織まで最悪なのは崇拝者かも
反歌
崇拝者ゐると出てくる独裁者すべての人がまづ気を付けよ
反歌
アメリカや西洋思想リベラルを崇拝するも気付け誤り(終)
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