96、北教組支持

平成ニ十年
十一月八日(土)(北海道教職員組合)
北海道教職員組合が、小学校の英語に反対し教員研修に参加しないよう組合員に呼びかけた。快挙である。当ホームページでも

「43、偏向新聞記者」
「49、アメリカかぶれは100%が三流、四流と断言できる」
「54、リスニング試験が国を亡ぼす」
「75、英語の洗脳を防ぐ方法」

など英語問題は再三取り上げてきた。
ここ10年ほど英語、英語と叫んできた連中の顔ぶれを見てみよう。英語の専門家はいない。売国奴、国賊。そのような表現がぴったりの連中ばかりである。

十一月九日(日)(民族独立行動隊の歌)
昭和35年くらいまでは、日本は独立を保たなくてはならないという気概がすべての政党に残っていた。昭和25年に作られた共産党系「民族独立行動隊の歌」は次のように歌う。
叩き出せ民族の敵、国を売る犬どもを
東洋の共産主義を唯物論と見ない最大の理由はここにある。ベトナム、カンボジア、ラオスは伝統重視派(つまり反欧米反植民地)との連立で生まれた。その一方で伝統を軽視することによる例えば文化大革命やポルポトによる虐殺など唯物論を完全に抜け出せてはいない。
戦後の日本に於いては、財界は属国容認派に転落し伝統宗教はもともと活性を失っていた。伝統保持勢力は労働界と在家宗教界のみとなった。
ここで労働界と在家宗教界を代表する歌を取り上げてみよう。労働界は共産党系と労組から一曲ずつ、在家宗教界は当時、創価学会と立正佼成会が急成長していた。立正佼成会は曲が見つからなかったため創価学会のみを選んだ。(その後リンク先の削除されたところはリンクを解消した)
曲名歌唱
民族独立行動隊の歌×初音ミクの歌
メーデー歌×初音ミクの歌
東洋広布の歌 
曲を聴けば一目瞭然だが、共産主義は唯物論を乗り越えるためにもう一歩が必要である。
創価学会では「国士訓」が会員の間で広く読まれ、立正佼成会では題目の両脇に「天壌無窮、異体同心」と書かれた旗を用いた。

十一月十日(月)(地域共同体)
労働界と在家宗教界のほかに地域共同体という弱いが広い伝統保持勢力がある。自民党が戦後ほとんどの期間を与党でいられたのは、この地域共同体の支持であった。財界の人数など微々たるものである。
大平首相(当時)はキリスト教徒であったが、あるとき「まだ沈まずや定遠は」と歌いながら国会内を歩いていたという。しかし地域共同体はマスコミの影響を大きく受ける。そして地域共同体自身が崩壊していった。

十一月十一日(火)(戦争に反対する理由)
ヒトラーのような異常性格者を除いて世界中すべての人々が戦争に反対だと確信する。その一方で戦争は今でも起きている。戦争反対は一歩間違えると偽善進歩主義に陥る。各国が伝統文化に従い反対すべきである。

上策「釈尊が戦争に反対している」
多くの人が神社仏閣に詣でる。今はキリスト教の人も親や先祖は仏教であろう。しかし多くの日本人がマッカーサーの洗脳から抜け出せないでいる。ここは次の中策がいい。
中策「戦争は人間を狂気にし住民への乱暴狼藉が多発する。理由は人間の本能に合わないためである。」
先日の「団結まつり」でイラク駐留米軍は住民への乱暴狼藉はもとより女性兵士への上官同僚の暴行が多発しているという出展があった。話を伺うと、ベトナム戦争のときは帰国兵士は口をつぐんでいたが、今回は帰国兵士たちが暴露し反対運動をしている、と説明してくれた。ベトナム戦争のときもソンミ村の虐殺は世界中から避難の声が上がった。
下策「アメリカ軍の戦後六十三年間の駐留には目をつぶって、平和平和と叫ぶ」
丸山真男によれば、学校の教員は擬似インテリまたは亜インテリでファシズムの社会的基盤だそうだ。すべての教員は丸山真男の邪説に反対しよう。

十一月十ニ日(水)(戦死者に敬意を)
小熊英二著「民主と愛国」は、丸山真男の影響を受け欧米のすることは正しく日本は不合理で遅れている、というトンデモ本である。
そのトンデモ本でも日本でのアメリカ兵の乱暴を認めている。 日本政府が見舞金を払った例だけでも相当な数だが、それでも戦争直後にしては比較的穏やかであった。その理由は日本兵が劣勢の中を必死に戦ったからである。例えば昭和19年のマリアナ沖海戦では日本の空母はアメリカに歯が立たず、アメリカから「マリアナの七面鳥撃ち」と呼ばれた。劣勢の中で多数の犠牲者と引き換えに、アメリカ兵を死闘から演習気分に変えた。
丸山信奉者は即刻アメリカかぶれをやめて日本の戦死者に感謝すべきである。

十一月十三日(木)(下心を持った連中)
「小学生に英語」と叫ぶ連中は下心を持っている。 私は子供(小学生)に毎週1時間英語を教えている。小学生の英語は時間の無駄だが、本人が勉強したいというときには学ばせたほうがいい。だからといって「英語に親しむ」や「英会話」はやってはならない。私は中学1年の教科書を用いている。中学入学後に英語の予習復習の軽減される時間が今学んでいる時間以上になるように工夫しているが大変な努力を要する。
「小学生に英語」と叫ぶ連中はいったいなんだ。まず最初は「国際理解」の時間を作った。英語ごっこに過ぎずまったく役に立たないことは始める前から分かっていた。実際役に立っていない。時間の無駄なことを予想できない教育関係者の頭の悪さには驚く。次に「国際理解」の授業は役に立たないので「英語」の授業にということになったが、これもまったく役に立たないことは最初から分かっている。
「小学生に英語」と叫ぶ連中は頭が悪いか邪悪な下心を持つかどちらかである。

十一月十四日(金)(アメリカ政府御用人間)
一連の騒ぎの始まりは朝日新聞船橋洋一の「英語公用語」である。次に船橋も委員を務めた首相私的懇談会が「英語第2公用語」を発表した。このときの文章を書いたのはカトリック教徒である。
英語公用語は無理だというので次に小学生の英語が現れた。中教審の部会長は「日本は欧米先進国の一員なのです」と珍説を述べた男、中教審の会長は先ほどとは別のカトリック教徒であった。
現在、カトリックは各国の習慣、文化を重視している。日本のほとんどのカトリック、更にはプロテスタントも日本の文化を重視していると確信している。一部の御用クリスチャンには困ったものである。御用とは日本政府のみならずアメリカ政府の御用である。
船橋洋一はアメリカの国策シンクタンクとの関係が8年ほど前に月刊誌で指摘された。
「日本は欧米先進国の一員なのです」という珍説が間違っている理由は欧米と東洋の文化背景を無視している。キリスト教の存在下で文明を築いた西洋と、イスラム教、ヒンズー教、仏教、道教、儒教の存在下で文明を築いた東洋では異なる。日本が戦前には侵略国となり、戦後は経済一辺倒、過労死、うつ病、自殺者多発となった理由は何か。すべて西洋の猿真似が原因てある。猿真似を続ける限り不安定は避けられない。

十一月十五日(土)(偏向新聞記事)
昨日はS-PLUSという統計ソフトのユーザーコンファレンスに参加した。 S-PLUSユーザ会会長でもある北海道大学教授水田正弘氏の講演も聴いた。要旨は次のとおりだった。
世論は次のように作られる。読売新聞に「社会保障維持に消費税上げ「やむなし」50%・・・「容認せず」を上回る」。さらに「同じ質問をした昨年10月調査では・・・49%だった。」という記事が載った。
このときの質問は「このままでは次の世代の負担が重くなったり、福祉の財源が不足したりしますが、・・・あなたは消費税上げに(1)賛成、(2)やむなし、(3)反対のどれですか」
この質問では「やむなし」と答える人が多くなる。もう一つは49%が50%になったことに意味があるか。


私は8年ほど前の一連の新聞記事を思い出した。世論調査で「小学生の英語に賛成が反対を上回る」などの記事が載ったり、英語を行う小学校の同じような記事が毎週載ったり、大宮と新宿の英会話講師派遣会社の倒産の記事に成田小の英語授業が載ったりと、新聞各社に潜伏した売国記者たちのなりふりかまわぬ小学生英語攻勢であった。
小学生の英語に賛成か反対かと聞けば、賛成が多いに決まっている。弊害を一切言わないからである。他の授業時間が削減されるし小学生が英語をやっても中学でやるのとまったく変わらず、中途半端にやると時間が無駄だし教育予算も無駄ですが賛成ですか反対ですか、と聞くのが正しい。

十一月十六日(日)(悪魔の世代)
戦争のときに成人していた世代は、戦後も筋が通っていた。「軍部にだまされて戦争に引きずりこまれたが、日本は英米より正しかった」「我々の仲間に悪い人はいない」など、自由党から共産党まで大変だった軍隊時代のことも決して悪くは言わなかった。
ところがその後の世代は道徳が欠如している。雨の日のアーケードをいい年をしたジイサンがかさをさしたまま歩き周りが皆迷惑をしたり、ばあさんが狭い歩道を自転車で歩行者にぶつかりながら走ったり。
労働組合が隠しベースアップを始めたのも彼らが上層部に進出したときだし、労働者の使い捨てが始まったのも彼らが重役に就いた時期である。それまで企業の経営者というものは他の模範となる人ばかりであった。
しかもこの世代は欧米かぶれである。このころから日本崩壊が始まった。
むろん個々には立派な人も多い。例えば国会前で5日間のハンストを行った佐久間元運転士は立派である。

十一月十七日(月)(日教組の組合歌)
日教組の組合歌は次のように歌う。
ああ民族の独立と、自由の空にかかる虹
日教組の愛唱歌「緑の山河」でも次のように歌う。
いまよみがえる民族の、わかい血潮にたぎるもの
欧米列強の植民地が次々に独立した時期であり、民族という言葉には欧米文明に代わる希望があふれていた。
昭和28年の日教組第2回教研大会で今日われわれがアメリカ帝国主義の植民地支配の下に置かれ、われわれの愛する生徒児童がパンパン文化に包まれているという切実な問題に思い及ぶならば(以下略)という発言もあった。しかし社会党右派から共産党までが混成した日教組ではこれが限界であった。民族がなぜ独立しなくてはいけないかまで踏み込めなかった。(リンク先が削除されたためリンクを削除)
曲名
日本教職員組合歌×
緑の山河××

十一月十九日(水)(共産党系教育関係者の主張)
この時期の共産党教育関係者の主張には筋が通っていた。今読み返してみても正しい。
十一月ニ十ニ日(土)(戦後の偏向教育)
戦後の教育は偏向したものである。例えば新仮名遣いと口語体には、現代人を先祖伝来の文化から切り離そうとするたくらみが隠されている。
教職希望者が大学で必修の「教育原理」と「教育心理学」もよくない。これらの科目が授業に役立つという教員は日本に一人もいないはずである。まず時間の無駄である。
何より悪いのは、これらは欧米の教育が優れていて東洋は劣っていると思い込ませてしまう。巧みな洗脳である。「教育原理」と「教育心理」は廃止し東洋および日本の教育史を学ばせる。これだけで日本の教育はよくなる。

十一月ニ十三日(日)(戦前の教育)
戦後の教育は偏向しているが、戦前の教育もよくなかった。
  1. 維新以前の逸材と異なり、無能な政府高官や軍上層部を多数排出(輩出ではなく)し、ついには戦争に敗れた。
  2. 西洋の一神教を真似して天皇と神道の一神教化を進めた。
  3. 高等教育にあっては欧米かぶれを育成した。その結果政府高官や自称上流階級は洋館に住み洋式の生活を送り、一般国民と乖離した。
現在の日本での論争は、戦後の教育がいいのか戦前の教育がいいのかというレベルにとどまる。しかしどちらの教育も平衡状態に達していない。即ち永続は不可能である。アジア各国は西洋式教育をやめ、先祖伝来の方法を復活させるべきである。

十一月ニ十六日(水)(伝統社会は弱者のために)
世の中が平衡状態に達していないと、弱い者から滅びる。弱者が滅びない世の中は即ち伝統社会である。
鉄道の車内で赤ちゃんを連れた母親やお年寄りに席を譲らなくても、金持ちは関係ない。自家用車しか乗らないのだから。社会共同体が崩壊しても金持ちは関係ない。セキュリティシステムの完備した家に住んでいるのだから。
戦後の日本で、病人と貧乏人の集まりだった労働界と宗教界が、伝統の保持を主張したのは当然であった。

十一月ニ十八日(金)(世界は一民族)
民族と言わなくなった理由に、民族が戦争の原因だという戦後アメリカの偏向教育がある。民族が原因で戦争は起きない。古くは権力者の争い、近代では欧米流の国家観が戦争の原因である。
そして欧米の化石燃料浪費に伴う産業の発達が民族対立を生んだ。世界は一民族である。しかし英米文化が世界征服を狙っている以上、世界の非英語圏は団結して征服に反対しようではないか。

十一月ニ十九日(土)(英語が共通語たり得ない理由)
英語を母国語とする人がいる以上、英語は世界の共通語たり得ない。ここでラテン語を世界語とする方法もあるが、ヨーロッパ語族にとってラテン語は親戚のようなものである。
非欧米諸国が損をしないため、ラテン語のほかにアラビア語、サンスクリット(およびパーリ語)、漢文を世界語にすることである。
漢文は現代中国語ではない。字義と異なる用法は過去に用いられても少しずつ排斥する。発音も四声は必要ない。返り点を付けるソフトウェアは簡単に開発できる。ということは漢文と日本語の返還は容易である。

そのような長期の目標のほかに今重要なことは日本語を得意とする外国人の育成、優遇である。経団連が率先して各企業に要請すべきである。

十一月三十日(日)(東京都から補助を受けた「青年心理学」)
私は17年前に3年間専門学校の教師をしていた。専門学校制度ができた当時は優秀な学生も集まった。しかしすぐに大学の偏差値序列に巻き込まれ、今では低い水準となっている。
東京都各種学校専修学校協会が、東京都から補助金をもらい教師向けの「青年心理学」講座を主催した。どこかの大学教授が夜間に十数回授業を行った。私の勤務する学校は私のほかにもう一人参加したが、その人は途中から来なくなった。私はすべて参加して修了証をもらった。しかし正直なところまったく役に立たなかった。
日本人に合うように、村の青年団はどのような役割を果たしたか、商家の小僧はどのような教育効果があったのか、吉田松陰の青年時代はどうだったのか、を教えるべきだ。
十数回で唯一役立ったのは、日本は世界で最も異常な国だということである。

十ニ月一日(月)(唯物論)
青少年に神(や仏)を信じるか、とアンケートを取ると日本だけ異常に信じない比率が高い。徳川時代に仏教が堕落し、明治維新で一神教神道を作り上げ、マッカーサーが伝統を破壊した。当然といえば当然のアンケート結果である。しかしエコノミックアニマルや過労死や最近の非正規雇用はあまりに異常である。唯物論を日本から撲滅する必要がある。
ここで宗教を信じていても唯物論ということはある。朝、ラジオ体操をすることは宗教ではない。同じように、朝、坐禅をすることもそれだけでは宗教ではない。朝、右足から家を出ると一日縁起がいいと信じる人も、朝、神仏に拝むとご利益があると思っている人も、それだけでは唯物論を脱してはいない。
人間(や動物)は脳髄の働きでも内蔵の働きでもなく、それ以外があると気付くことが非唯物論である。従って言語は重要である。決して脳髄の働きでもコミュニケーションの道具でもない。
英語公用語だの英語は国際語だのとわめく連中は、唯物論者(55、唯物論を考える)、悪魔の思想者である。

十ニ月三日(水)(溢れる英語堪能者)
日本の先人たちが、漢語の四声や日本に合わない発音を捨てて、文字と音読みのみを取り入れたことは賢明であった。もし四声や日本にない発音を取り入れていたら、そのことに時間を費やし日本の産業は成り立たなかった。
翻って今はどうか。英語が苦手で日本の輸出入が成り立たなかったことは戦後一度もない。ここ10年ほどで英語を使える人が溢れ出した。ソフトウェア業界は偽装請負や派遣で極めて不人気であるが、それでも私の勤務する会社には私と同等若しくはそれ以上の英語能力の人が数人はいる。他の業界だったらもっと多数いるはずである。そして彼ら彼女らはほとんど英語を使っていない。私はこれまで世界を相手に仕事をしてきたが、私くらいの英語能力があれば仕事で困ることはまったくない。それと同等以上の人が多数余っている。それなのに国内では英語英語と騒ぐ。これほどの不思議はない。

十ニ月五日(金)(国民を馬鹿にする連中)
英語英語と騒ぐ連中は国民を馬鹿にしている。まず船橋洋一が、日本でも移民が増えるから英語が必要だ、近所にも移民が引っ越してくる、というようなことを言った。日本の移民は日本語を使うに決まっているではないか。
次に日本への留学生を増やすために大学で英語の授業をしろ、留学生はそのうち日本語もできるようになる、というのがあった。学生の1%にも満たない留学生のためになぜ99%の学生が英語で授業を受けなければならないのか。英語の授業では効率が悪いし落ちこぼれは多い。しかも日本に来る留学生は日本語や日本の専門家となるために来る。留学生を増やす目的は親日家を増やすことにある。英語で授業を行うことは税金をどぶに捨てるに等しい。外国人が日本で働くときに一番問題になるのが日本語能力である。英語で授業をして日本語ができるようになるわけがない。
そして最近の小学校の国際理解の授業である。まったく時間の無駄なことは最初から分かっていた。分かっていてなぜ行うのか。教育予算と授業時間の無駄使いである。

十ニ月六日(土)(ベトナムの僧侶)
11年前アメリカ出張中に、ベトナム仏教のお寺を見つけた。ベトナム人僧侶が筆で中央に「佛縁」、右側に「敬贈 (私の名前)様」左側に「釈徳俊」と書いてくださった。漢字では徳俊という僧侶であった。文字で意思疎通ができるとはすばらしい。ベトナムはフランスの植民地だったため、漢字を廃止して今でもアルファベットが用いられている。漢字を使えるのは僧侶などわずかである。ベトナムは漢字を復活させたほうがいい。過去と文化が断絶してしまう。
アメリカのベトナム人はサイゴン陥落で逃げてきた人たちであろう。ベトナム戦争はなぜ起きたのか。アメリカの後押しを受けたサイゴン政権とソ連の後押しを受けたハノイ政権の激突であった。欧米文化を真似すると平衡状態に達するのに時間がかかり、その間に多数の犠牲者が出る。
大東亜戦争とベトナム戦争とカンボジアの大虐殺を、東洋は欧米猿真似の反面教師として将来に役立てるべきである。

十ニ月七日(日)(日本対ベトナム)
占領軍を進駐軍と言い換え独立をごまかしてきた日本と、実力で独立を勝ち取ったベトナムは今後どちらが有利だろうか。今までは石油の大量消費という人類史上になかったことをしてきたため、過去の伝統を切り離した日本が有利であった。
地球温暖化で石油使用を停止すれば、独立を勝ち取ったベトナムが有利となる。一方でベトナムは漢字を廃止しアルファベットを使用している。日本は略字、新かなづかいを用い、草書体は読めない。文語体もほとんど読めない。ここは互角であろう。
総合では完全に独立した分、ベトナムが有利となる。ベトナムをはじめ非欧米諸国は石油の使用停止を欧米に強く主張すべきである。これからは非欧米文化の時代となる。

十ニ月八日(月)(地球を滅ぼすアメリカ)
世界で最も贅沢な生活を送っているアメリカが二酸化炭素削減に最も反対している。自然保護地域に違法居住し増殖した連中と考えればよく分かる。周囲がどんなに地球のことを心配しても、自然保護地域は快適だからどんどん資源を使い尽くす。アメリカ人は一つの州に移住し残りは先住民及び自然保護区とすべきである。それが不可能ならせめて最初の13の州に限るべきだ。
英語を重視するとアメリカはますます傲慢となる。自分達は神の子だと錯覚する。世界は今後英語の影響を少なくする必要がある。そうしないと地球は滅びる。


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