二千七百二(朗詠のうた)本歌取り、日本詩歌集古典編(江戸時代)
乙巳(西洋発狂人歴2025)年
三月三十日(日)
江戸時代は、俳諧発句が多い。芭蕉を取り上げ
古池や蛙飛こむ水のをと
古池のアオコと枯れ葉黒き水蛙飛込み古きを破る
「弥生も末の七日(中略)上野谷中の花の梢又いつかはと心ぼそし(以下略)」の詞書とともに
行はるや鳥啼うをの目は泪
来るはるや花咲僅か散るもありまもなく満ちて風雨に泪
この本ではすぐ次。実際は日光での作だから、千住からはかなり先の
あらたうと青葉若葉の日の光
尊きは東を照らす人よりも遍く照らす日の光かな
次は
夏草や兵どもが夢の跡
夏草や貪りどもが夢の跡子や孫のため加はる人も
次は
五月雨の降り残してや光堂
五月雨も避けて降れるか光堂日の光にて昼は輝く
多くの解説に、五月雨にも朽ちずに光る、とある。小生は、日の光で輝くので五月雨も避けて降るのでは、とした。
閑さや岩にしみ入蝉の声
蝉の声岩跳ね返しなを響く山寺の前閑さがあり
次は詞書に「いな舟」とある。
五月雨を集めて早し最上川
稲を載せ船足早し最上川その源は山と五月雨
次は
雲の峰いくつ崩れて月の山
雲の峰晴れれば三(み)つに月の山羽(はね)黒き山お湯の殿山
次は
象潟や雨に西施がねぶの花
象潟は寂しさ示す島々に 昔からある歌枕 土揺れにより盛り上がり 今は稲作山が突き出る
反歌
みちのくは松島そして象潟と二つ並ぶも今は一つに
次は
荒海や佐渡によこたふ天河
荒海を橋の如くに乗り越えて佐渡へと夢路天の川かな
次は
わせの香や分入右は有磯海
わせの香と有磯海にて海とおか併せ豊かな越のなか国
良寛和尚の歌へ入る。長歌をこの本は一句ごとに区切るが、ここでは段落ごとに区切った。
冬ごもり春さり来れば飯乞ふと草の庵を立ち出でて里にい行けば たまほこの道の巷に子どもらが今を春べと手まりつく ひふみよいむな汝がつけば 吾はうたひあがつけば汝はうたひ つきて唄ひて霞立つ永き春日を暮らしつるかも
反歌
霞立つ永き春日に子どもらと手まりつきつつこの日暮らしつ
冬を越し春が来りて庵を立ち 里にて民に善き行ひ積ませる為に飯を乞ふなり
反歌
飯を乞ふ和尚の為に非ずして民を導く教への一つ
本歌取り、良寛和尚(布留散東)にも本歌の反歌が登場する。
鉢の子は愛しきものかも しきたへの家出せしよりあしたには腕(かひな)にかけてゆふべにはたなへにのせて あらたまの年の緒ながく (中略)持ち来るものかその鉢の子を
反歌
道のべの菫つみつつ鉢の子を忘れてぞ来しその鉢の子を
反歌
鉢の子をわれ忘るれどとる人はなし取る人はなし鉢の子あはれ
鉢の子は和尚たちでの言葉にも慣れるにつれて親しみを 質素な庵の暮らしぶり合はせ仏の鉢の子と為す
反歌
暮らしぶり村人たちが知る故に和尚の筆と歌は尊し 唐土大和
次は
鉢の子に菫たんぽぽこきまぜて三(み)世(よ)の仏にたてまつりてむ
たんぽぽとすみれを混ぜて奉る心に三(み)世(よ)の仏喜ぶ
次は
あしびきの国上の山の時鳥よそに聞くよりあはれなりけり
時鳥国上に鳴くはよりあはれ和尚の光映すが故に
次は
水や汲まむ薪や伐らむ菜や摘まむ朝の時雨の降らぬその間に
水薪菜を持ち来るは作(さ)務(む)にして寒さ暑さを越え今日も行く
三句までを同音反復の序詞とした。
逝く秋のあはれを誰に語らましあかざ籠(こ)に入れて帰る夕暮
夕暮れとあかざと秋が逝くときはあはれ三重にて国上が見える
今回も序詞を用ゐた。
山かげの岩間を伝ふ苔水の幽(かす)かに我はすみ渡るかも
山かげと岩間苔水わび示す澄むをも示す三重に亘りて
本歌取り、良寛和尚(五合庵時代)でも、本歌として用ゐた。(終)
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