二千六百四十五(朗詠のうた)本歌取り、良寛和尚(布留散東)
乙巳(西洋発狂人歴2025)年
一月三十日(木)
水上へのSL列車に端を発した本歌取りは、牧水に始まり、左千夫、赤彦、茂吉、子規、萬葉集を経て、良寛和尚に入った。まづは歌集「布留散東」である。
ふるさとへ行く人あらば言(こと)づてむ今日近江路をわれは越えにきと

近江路は水島へ着く半ばでも寺が長きの入口にして

すぐ次は
山おろしよいたくな吹きそ白妙の衣かたしき旅寝せし夜は

草枕旅の泊まりは風の洩る道真祭る赤穂荒(あば)ら家

すぐ次は
思ひきや道の芝草打ち敷きて今宵も同じ仮寝せむとは

草枕草を敷き詰め寝る旅は仏への道悟りて過ごす

すぐ次は
津の国の高野の奥の古寺に杉のしずくを聞きあかしつつ

津の国か紀の国そして津の奥の 高野の奥は高(たか)野(の)山(やま)または後ろの奥之寺 それにて津か紀これも定まる

反歌  高野のと奥のは縦か又は横それにて津と紀これで分かるか
反歌  高野山津の国の奥正しきに高野の奥は津で収まるか
津の国の高野を、大阪府豊能町とするか、紀の国の書き間違へとするか、二つの説がある。ここで新たに、津の国が正しいとした上で、「津の国の高野奥」を津の国の奥の高野、と取ってみた。「」を「は」と取った。
少し無理がある。しかし良寛和尚愛好者にとっては、津の国に誤字は無く、古寺は高野山、がよいのでは。そもそも「高野」が高野山なら「高野の奥」は何か、に無理がある。どの説にも無理はある。

一月三十一日(金)
すぐ次は
あしびきの黒坂山の木(こ)の間より洩り来る月の影のさやけさ

木(こ)漏れるの月影静か日の影は夏に涼しく冬には寒し

すぐ次は
岩室の田中の松を今朝見れば時雨の雨に濡れつゝ立てり

岩室の松草(ざう)鞋(り)銭(ぜに)借り伊勢へ枝吊り返す云ひ伝へあり

すぐ次は
来てみれば我がふるさとは荒れにけり庭もまがきも落葉のみして

ふるさは来て見て気付く荒れにしは十と一年長きが故に

歌集布留散東の歌をここまですべて本歌とした。良寛和尚質素な一生を歌が表すところに、最大の美しさがある。すぐ次は
いにしへを思へば夢かうつつかも夜は時雨の雨を聞きつつ

夜に独り時雨を聞くは既に夢いにしへ思へば夢かうつつに

すぐ次は
あしびきの山べにすめばすべをなみ樒摘みつつこの日暮らしつ

樒摘み供へる日々は山に住む寺も山の名持つと云へども

すぐ次は
国上の大殿の前の一つ松幾世経ぬらむちはやぶる神さび立てり朝(あした)にはい行きもとほりゆふべにはそこにいで立ち立ちて居て見れども飽かぬ一つ松はや

反歌  山かげの荒磯の波の立ち返り見れども飽かぬ一つ松の木
国上山 神さび光る大殿と一つ松の木五合庵 良寛和尚住む山は仏の道を歩む故尊き所山森建物

反歌  大風も一つ松の木年々に和尚の光消えることなし
「荒磯の波の」までが「立ち返り(繰り返し)」の序詞と解説にあるので、本歌取りの反歌も「松の木」を「年々に」の序詞とした。

二月三日(月)
すぐ次の
あしびきの国上の山にいへ居してい行き帰らひ山見れば山も見が欲し里見れば里も豊けし春べには花咲きををり秋さればもみぢを手折りひさかたの月にかざしてあらたまの年は十年は過ぎにけらしも

あしびきの此の世に生まれ髪を剃り 長き険しき道歩み次に越後へ戻りても国上へ十年住むことは 険しき道を再び歩む

此の世を登り坂に喩へて、あしびきを枕詞にした。
ここで初めて一首飛ばし
この園の柳のもとに円(まろ)居して遊ぶ春(はる)日は楽しきをづめ

此の世にて仏の道は二つあり 稼ぎ楽しみひと時は仏を拝む 二つ目は髪を剃るのち険しきの道を和尚と同じく歩む

反歌  此の世にて若き人たち円(まろ)居するをづめに続き仏の道を
一首飛ばし
霞立つ永き春日に子どもらと手まりつきつつこの日暮らしつ

春の日と和尚の言葉心うち二つ合はさり子らは喜ぶ

すぐ次の
この里に手まりつきつつ子どもらと遊ぶ春日は暮れずともよし

この里と和尚を慕ふ心根と合はさり時は無駄にはならず

すぐ次の
この宮の森の木下(こした)に子供らとあそぶ春日になりにけらしも

この宮と森と春日の三つ揃ひこどもと和尚仏の時を


二月四日(火)
一首飛ばし
青山の 木ぬれたちくき時鳥鳴く声聞けば春は過ぎけり

上と間(ま)は多くも木ぬれ僅かにて木の間立ち潜(く)きよろづ葉のみに

すぐ次の
ほととぎす汝がなく声をなつかしみこの日暮らしつその山のべに

ほととぎす此の世あの世を行き来する人と仏を往き来の和尚

一首飛ばして
わくらばに人も通はぬ山ざとはこずゑに蝉の声ばかりして

ほととぎす蝉も同じか声のみは人とあの世を往き来するかも

このあと異変が起きる。ここまでほとんどすべて選んだのに、二十四首目の「わくらばの」を最後に、五十七首目まで飛んでしまふ。飛ぶのは秋と冬の歌だ。
岩室の野中に立てる一つ松の木 けふ見れば時雨の雨に濡れつつ立てり

一つ松秋冬の歌過ぎてまた立つ けふ見れば時雨の歌に戻りまた立つ

すぐ次の
やまたづの向かひの岡に小牡鹿立てり かみなづき時雨の雨に濡れつつ立てり

やまたづの迎への歌は小牡鹿が立つ 岩室の松と同じく時雨に戻る

二首飛ばして、布留散東の最後を飾るのは
鉢の子を我が忘るれども取る人はなし取る人はなし鉢の子あはれ

鉢の子に馴れず初めは歌に合はぬと思ふも今は鉢の子あはれ
(終)

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