五百八十九、昭和四十五年以前の創価学会を体験しよう

平成二十六甲午
七月九日(水)
顕正会はかつては妙信講と言ひ、創価学会と同じ宗派だつた。しかし創価学会が言論出版妨害で 国立戒壇を放棄したことに反対し昭和四十九年に宗務院から解散処分になつた。創価学会も平成 二年に解散処分になつたから今では再び似てゐるが、創価学会は昭和四十五年に布教を停止し、 顕正会は今でも続ける。だから昭和四十五年以前の学会の姿が顕正会にある。
私はこれまで顕正会について悪い印象しか残つてゐない。それは二年前 の幹部会のビデオ放映が原因ではあるが、それ以外にも風邪で具合が悪く行けないと言つた のにそれなら家の近くまで来るから喫茶店かどこかで会はうといふから仕方なく池袋まで行き、その ため風邪が長引いたこともあつた。しかし個々の会員の熱心さには敬意を持つものである。
男子部大会が九月にあり出席してほしいと電話があつたのでいいですよと答へた。人数を結集する のは大変だからである。その前に幹部会のビデオを見に来てほしいといふ。これも賛成である。 まつたくの名ばかり会員を集めても意味がないからである。たまたま前回のビデオ放映の日に三里塚 反対集会があり、別の月に参加することを約束した。そして六日の日曜に参加した。

上座部仏教国のタイ、ミャンマー、ラオス、カンボジアには一時出家の習慣がある。男子は成人前に 出家し一種の成人式の役割を果たす。多くの人は還俗するがそのまま生涯を僧侶として過ごす人も ゐる。それと同じようにすべての男女は一旦顕正会に入りその後は退会しても名ばかり会員でも 構はない。これが国民の育成にはよい。

七月十日(木) 顕正新聞
顕正新聞の六月五日号は特集号で全国会議員、知事、市町村長などに送つたさうだ。これには集団的 自衛権に反対することが書かれてゐる。米国の下請・傭兵になる といふ大見出し、「属国的平和」はもはや持続不可能といふ 小見出しが付けられてゐる。本文にはベトナム戦争でのアメリカの枯葉作戦、ベトナムに派兵された 韓国軍の大虐殺にも触れてゐる。
先頭見出しに日蓮大聖人の仏法立てねば全ては虚しとあるので そのまま見ないで捨てた議員が多いと思ふが、こういふ良質な主張は読むに値する。共産党について いへば妹尾義郎など唯物論に屈した宗教者と組むのではなく、かつての民族独立運動の流れの宗教者 と組むべきだ。

七月十二日(土) 昭和四十五年以前の創価学会
顕正会は強引な布教で逮捕者を出すニュースがときどきテレビや新聞で報道される。だから顕正会と 聞くと嫌な印象を持つ人が多い。しかしこの姿は昭和四十五年以前の創価学会とまつたく変らない。 それまでの創価学会は布教一筋に活動し、だから入会に掛かる費用は本尊下付の120円だか250円 (今の金額なら三千円程度か)と毎月聖教新聞を購読するだけで、聖教新聞はテレビ欄や一般のニュ ースも載るから一般紙は購読しなくて済み、一般紙よりはるかに安いからお得であつた。本尊下付 の費用は宗門の末寺の収入であり創価学会の収入ではなかつた。
それに比べて昭和四十五年以降の創価学会はどうか。やたらとカネを集めるようになつた。しかも公明党 の選挙活動をすれば功徳(ご利益のこと)があるといつて会員を煽動する。

それに比べて顕正会はカネを年に一回しか集めない。すべての国民はかつて創価学会といふ私心なく 活動する団体があり、強引な布教で迷惑を受けた人がゐたとしても全体では立派だつた。そのかつての 創価学会とはどういふ団体だつたのかを一度体験するのはよいことである。
ただし創価学会の悪いところも受け継いでゐる。創価学会は池田大作氏の弟子だといふ言ひ方をよくする。 顕正会も浅井昭衛会長の弟子だといふ言ひ方をよくする。確かに浅井氏は講演が上手である。あれほど 講演が上手な人は日本国内を探してもさう多くはない。だから周囲の人たちが浅井会長の弟子だと自称 する気持ちはよく判る。判るがそれでは創価学会と同じである。弟子とは本来は数人か多くとも二十人が 限度でそれより多いと、昭和四十年辺り以降の大石寺と同じで出家者全員をそのときの貫首の弟子に するから実質は師匠のゐないのと同じになる。つまり大石寺、創価学会、顕正会の三つが同じことをして ゐる。

顕正会の特徴として題目三唱が普通の末寺と異なる。南無は代表者だけが唱へて妙法蓮華経が長い。 二回目と三回目の題目は皆が最初から唱へ長さは普通である。なぜ一回目だけ異なるのかは不明で、 かつて妙信講が所属した本所吾妻橋の妙縁寺の松本日仁師がさういふ唱へ方をしたのかも知れないし、 昭和四十九年に宗門と分かれた後に自然にさうなつたのかも知れない。
あと浅井会長が登壇するとき下を向いて拍手するのも特徴である。私も参加したときは周囲に合はせ浅井 氏の講演はそれだけ価値はあるが、知らない人が見たら奇妙かも知れない。以上のような知らない人が 見ると奇妙に感じることは、創価学会にも多いし、昭和三十三年に細井日達師が大石寺の貫主に就任した 以降の宗門にもある。しかし日達師は創価学会との仲が険悪化した末期には貫主とは先師の教へを次の 貫主に貫く主だ、或いは信は荘厳から起きると明らかに今までの路線とは異なつた発言を行なつて遷化 (高僧が亡くなること)した。この路線に戻れば、宗門、創価学会、顕正会、正信会がまた一つになれるのだが。

七月十四日(月) 瞑想の幾多の方法
私は日蓮系の教へを特別視することはしなくなつた。上座部仏教の瞑想にはいろいろな方法がある。自分 の行動を観察する、呼吸に神経を集中する、水晶を思ひ浮かべる等々。その一つとして阿弥陀仏や法華経 や真言を信じる方法もある。だから今回は周りが題目を唱へるのでそれに合はせた。勤行会で法華経を 唱へるならそれも合はせられる。
そればかりではない。キリスト教、イスラム教、ヒンズー教、儒教道教神道も瞑想の方法だからすべての宗教 は同一だと判る。

七月十五日(火) どんな団体にも探せば欠点はある
こんなことを言つたら三つが反発するだらう。それは判つてゐるが一切衆生のため、或いは世界人民のため、 或いは世界の民族派、国士、愛国者のため論じると、顕正会と中核派 三島由紀夫支持者は構成員に共通点がある。いづれも純粋な人たちである。そんなことを言はれたら 三種の人たちすべてが怒るだらう。顕正会はなぜ暴力を肯定し命を軽視する二つの団体といつしよにするのか、 中核派はなぜ国立戒壇や右翼と一緒にするのか、三島由紀夫支持者は怪しげな宗教団体や極左と一緒に するのかと。
今回私は三つの団体についてではなく、その構成員について論じた。理論では地球滅亡を救ふには宗教団体 と共産主義者と伝統主義者が共闘し、社会を滅ぼすリベラルと、地球を滅ぼす資本主義を撲滅すべきだ。その ことは当ホームページでこれまでも何回も述べて来た。だから顕正会の背後の創価学会や仏教全体とキリスト教、 イスラム教、ヒンズー教、儒教道教神道その他も含まれるし、中核派の背後の日本共産党や新社会党や日本 労働党や第4インターも含まれるし、三島由紀夫支持者の背後の民族団体、国士、愛国者も含まれる。
そんなことをいふとあの団体はこんなことをした、こんな欠点があると非難する人たちが続出しよう。そのことは 判つた上で、過去のことは水に流し、全生物のため過去の罪滅ぼしの為にも社会に奉仕すべきだ。

七月十六日(水) 三種の団体の長所と問題点
三種の団体の構成員がなぜ純粋を保つかといへば、汚れた社会とは別の社会を目指すためである。だから 今の社会に汚濁されずに済む。
次に三種の団体の問題点を挙げよう。これは三種の団体が今後活躍してほしいといふ願ひから指摘するもの である。まづ顕正会は活動家が全然増えない。創価学会が急激に増えたのは親戚や知人に布教をするといふ いはば禁じ手を用いたからだ。小規模ならよいが大規模の布教は社会に対して行なふべきだ。それをしない から親戚や知人に布教することが苦手な人が次々に脱落する。中核派は若い人たちの「せんそう、はんたーい」 の掛け声がどうも日本離れしてゐる。帝国主義を批判するのに日本帝国主義だけを批判するのも気になる。 あれだと広範な国民の支持が得られない。三島由紀夫支持者は少人数である。三島由紀夫の憂国の思ひは 国民に広く支持されてよい。

七月十九日(土) 吉本隆明著「共同幻想論」
吉本隆明氏は新左翼の言論人である。同氏の「共同幻想論」は遠野物語 を引用し話が進む。第三章巫覡論では<いづな使い>の話が出てくる。或る村人が遠野の町で見知らぬ旅人 に出会つた。あの家にどんな病人がゐる、この家ではこんなことがあつたと云ふのだがすべて符合する。理由 を尋ねると小さな白い狐を持つてゐるからだといふ。村人は狐を買ひ取りよく当たる占ひ師になり金持ちになつ たが、数年後に当たらなくなり元の貧乏に戻つた。
もう一つ別の話もある。村の某が種狐をもらひ、術を行なふとよく当つた。ところが当らなくなつた。二つの話で ある年数が経つと<いづな使い>が能力を失ふことについて吉本氏は
その理由は二様にかんがえられる。<いづな使い>自身が富むことで生活が雑ぱくになり、雑念がおおくて 心的な集中や拡散を統御できにくくなるためであり、もうひとつは村民たちの共同利害の内部で、階層的な 対立や矛盾がおおくなり、<いづな>という共同幻想の象徴に、すべての村民たちの心を集中させることが むつかしくなるためである。

この二つは創価学会が折伏大行進を停止した理由と同一である。創価学会は病人と貧乏人の集まりで、だから 聖教新聞は安いし、会費を徴収しなかつた。お金に余裕がある人で希望者のみ財務部員になつてもらひ年会費 を集めた。総本山に大講堂を建てるときと大客殿を建てる時は、生活が苦しくても御供養を出せば何倍にも なつて帰つてくるといつてご供養を出させたが、これは創価学会の収入になる訳ではなくどちらかと言へば本人 たちのためを思つて出させたようなものだつた。
ところが多数の地方議員や国会議員を出し、聖教新聞社や潮出版社や図書輸送や民音など学会系企業が多数 誕生するとそこに利権が生まれた。そのような中で正本堂建立の話が出て、これが最後の御供養であとは国立 戒壇だけだといふことになつた。丁度そんなときに言論出版妨害事件が起きて、創価学会は正本堂こそ戒壇だと 結論付けて折伏大行進を停止した。

七月二十日(日) 二つの創価学会
昭和四十年辺りまでは(1)全ての人を入会させることが目的だつたから開かれた組織、公の創価学会と言へる。 ところがこのころから(2)舎衛(しゃえ)の三億といふことを言ひ出した。国民の三分の一が日蓮の教へを信じて、 三分の一は信じないが支持はして、残りの三分の一は無関心な状態になつた時が広宣流布だといふのである。 (1)に比べて三分の一に値下げした。しかしこれでも無理だと判ると(3)既に広宣流布が達成されたといふことに なつた。(3)は大石寺六十六世貫首の細井日達師がよく法話で述べてゐた。その日達師も第一次宗創紛争のとき は貫首は前貫首の意志を次に伝へる役割だと六十五世までの伝統路線に戻つたがその直後に血脈を次に伝へ ないまま遷化(亡くなること)した。
創価学会は昭和四十五年に折伏大行進を停止した。昭和五十年頃だらうか。池田大作氏が創価学会は今の人数 でやる、入会させて反乱を起こされたら大変だといふようなことを言つた。これでは私物の創価学会である。 そもそも創価学会は布教用の組織であり、広宣流布が達成した後は全ての人が大石寺末寺の信徒になるのだから 必要がなくなり解散するはずだつた。それをしないのは既得権といふほかはない。池田大作氏自身も、いつまでも 青年の心を保てないからさうなつたら会長を交代すると言つてゐた。しかし交代はしなかつた。
昭和四十五年以前の創価学会を体験するには顕正会に入会する方法がある。かつての創価学会とほとんど同一 である。しかし今は広宣流布は達成できる状態にない。無理にやらうとすると仕事や生活で相当無理をしなくては いけない。すべての国民が昭和四十五年以前の創価学会を体験するのはよいことだ。しかし一旦体験しこれは 自分には無理だと思つたら休眠会員になるのがよい。勿論熱心に活動する人たちの期待を裏切らないために、 将来国立戒壇を建立することになつたら賛成する。その決意は必要である。信心しない人が不利にならないよう その費用の分を返還するのと信仰の自由は守つてほしい。さう意見を出すのは構はない。(完)


大乗仏教(日蓮系)その十三
大乗仏教(日蓮系)その十五

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