五百八十八、杉並区立和田中藤原和博前校長の講演(その一、国際ブックフェア訪問記)

平成二十六甲午
七月四日(金) 杉並区立和田中学校
今日は有給休暇を取り藤原和博氏の講演を聴きに行つた。半日休暇の取得もできるのになぜ貴重な 有給休暇を一日取得したのか。それは講演が午後一時から二時だつたからである。十時からなら午前 半休にする。午後三時からなら午後半休にする。両方の中間だから全日休暇を取るはめになつた。
なぜそこまでして藤原氏の講演を聴くかといふと、杉並区立和田中が会社の近くにあるからである。 たまたま道を歩いたら和田中があつた。当時はマスコミが和田中と藤原校長をさかんに報道したから、 ここがあの有名な和田中なのかと驚いた。偶然があるものである。その藤原氏が講演する。ここは聴きに 行くべきだ。そこで講演を申し込んだ。
講演参加を申し込んだ後で、藤原氏の評価は三転四転五転した。まづマスコミを煽動するのが上手な だけではないのか。そこで昨日インターネットで藤原氏の功績を調べた。漢字検定、「よのなか」科、 PTAの廃止と和田中学校地域本部の編成、夜スペ、土曜日寺子屋。大したものである。副校長以下の 教員とPTAをどう説得したか。一方で他校には広がつてゐない。

七月五日(土) 講演の開始前
講演の開始前に藤原氏が、白板に書かれた字が見えない人、写したい人は前に来てよいですよといふ ので私は上位十人以内に入る早さで席を立つた。しかし会場の真ん中あたりだつたので着いた時既に 白板は携帯電話やスマホの撮影機能に取り囲まれてゐた。しかし前に行つた甲斐はあつた。藤原氏を 間近で観ることができた。写真とは大分異なる顔であつた。
藤原氏は偉ぶるところのない親しみやすい性格だとよく判つた。これなら副校長以下と保護者が付いて くるはずである。一方で、白板前の撮影者の混雑について、この光景を撮影したいねと言つたのでこれ は少し俗的かなと思つた。白板はスクリーンにも映すといふので一旦席に戻つた。あと二分ですといふ 案内でほとんどが席に戻つたので再度前に行つてみた。近くで見なければ判らない白板の発見がある かも知れない。ホワイトボードマーカの太いもので書かれたことを発見した。

七月五日(土)その二 導入部分
講演の導入部分は実によかつた。まづ自信のある講演である。今日の講演は無料ですが2900円 払つて聴いた価値はあります、と話し始めた。聴衆参加型なのもよかつた。私の顔は歌手の誰かに似て ますよね、歌手の名前を一斉に言ひませう、思ひ浮かばない人は北島三郎でも何でもよいから好きな 歌手の名前を言つてください、と会場に一斉に答へさせたのは、特に後半の思ひ浮かばない人はの 部分がよかつた。これで思ひ浮かばない人も仲間はずれにならない。
初対面の人に名刺を出さず覚へてもらふため自分の特長を云ふ。ここまでは有益な話である。顔が 歌手に似てゐる人が二十人に一人ゐてその人は顔の話、苗字が珍しい人が二十人に一人ゐてその人 は苗字の話をする。しかし九割の人はできない。ここは講演の時間が無駄だとそのときは思つたが、 今思ふと消費したのは三十秒だからたいした無駄ではない。話の流れで無駄な話に行つてしまふことが あるが三十秒なら誤差範囲である。
藤原氏は学生時代までは読書が嫌ひだつたといふ。その理由は小学生のときに読んだ「にんじん」「車輪 の下」だつた。名作と言はれてゐるから違ふといふ訳には行かない。会場で「にんじん」「車輪の下」を 読んだことのある人と面白かつた人に手を挙げさせた。私は「にんじん」を読んだ人で手を挙げた。面白 かつた人は会場に一人もゐなかつた。「車輪の下」は面白かつた人が少しゐた。

七月五日(土)その三 本題
講演の本題は五つあり白板に書かれてゐた。藤原氏のよのなかnetに載つてゐるといふので手帳には 三つしか書かなかつたが、よのなかnetを見るとそのものは載つてゐなかつた。
一つ目は成長社会(〜97年)から成熟社会になつた。前者は情報処理力、正解を当てる、アメリカに追い つけ、みんないつしよ。後者は情報編集力で一人づつ繋げる力。
この話を聴いたとき後者は創造力ではないかと感じた。なぜ編集力なのか。それは帰宅後によのなか netに載つてゐたので判つた。

二つ目は(1)キャッチフレーズ、(2)Q&A型。初対面の人に自分の特徴あるいは来るときこんな失敗を したといふ話をして印象に残さうといふのがキャッチフレーズである。会場でも二人一組で自分のキャッチ フレーズを互いに話した。Q&A型は一人が質問役、もう一人か゜回答役となり、ただし回答役は答へたく ない質問はパスと言へばよい。これを一分行ひ互いの共通点が幾つ見つかつたかが主旨である。質問 は何も指示がなければ自然とプラス面になるがマイナス面でもやるとよいと藤原氏から話があつた。

三つ目は教員の年齢構成で団塊世代が退職して若い世代が多くなる話と、生徒側の学力分布がかつて は正規分布型だつたものが今は山が二つある分布になり、これは塾に行く層とさうではない層に分かれた ためで、かつては真ん中を対象に授業をすればほとんどの生徒が該当したが、後者では山と山の間の 少ない層向けの授業になつてしまふといふ話だつた。
しかしこの話は昔からある教育の問題点が世の中の変化で顕在化しただけだ。まづ教員は任用したら 定年まで勤めるのではなく、本来は教員をやつたり違ふ職業に就いたりすべきだ。日本独自の終身雇用 が原因で年齢分布が変になつた。それだけの話である。
二番目の話は正規分布の時代にも当てはまらない層が上位と下位にそれぞれゐた。つまりは無理やり 当てはめたことの被害者である。或いは上位は親が高収入なら私立に行かせるし下位も親が高収入 なら塾に行かせるからつまりは親の収入が影響することの被害者とも言へる。だから昔からゐた被害者 が多くなつて授業が成り立たなくなつた。これが正解である。

藤原氏の講演を聴き終はつた直後の感想は、原理或いは理論がなく現象への応急策がばらばらに 五つある。さう感じた。しかし今回の講演は一つのないようだけでも時間の掛かるものを五つ圧縮した。 だから情報編集力についてもよのなかnetを読むとなるほどと判らなくもない。といふことで藤原氏の厖大 な書籍を次に調べる必要がある。

七月八日(火) 東京国際ブックフェア、その一
今回の講演会は東京国際ブックフェアのイベントとして行なはれた。私はかう云ふ場合は必ず東京国際ブック フェアに入場し十分に見た後で会場に入る。無料で聴けるのだから主催者側に協力すべきだ。思へば 曽野綾子さんの講演を聴いたのもブックフェアだつた。そのときだと思ふが 始まる前にブックフェアでサウジアラビアのブースを見学してゐたところ、じゅうたんで皆が靴を脱ぐのに靴の ままどかどかと上がるアラブ人がゐてサウジアラビアの係員たちは誰も注意しないので、私が友好的に英語 で説明したことがある。駐日大使なのかも知れないし英語がよく判らない様子だつたから王族なのかも知れ ない。かういふ場合英語を話せばよいといふものではない。友好的な態度が重要である。事実この場合 たくさんの日本人が靴を脱いでじゅうたんでくつろぐのに土足で立ち入るアラブ人がゐては日本とアラブの 友好に悪い影響があるので説明した。
今回サウジアラビアのじゅうたん領域は五平米くらいで残りは土足地域だつた。宗教を前面に出したサウジ アラビアの展示には心から敬意を表する。イラン、韓国パビリオン、中国パビリオン、台湾の故宮博物院も じつくり見学した。イラン以外の三つはアジアの連携で重要である。中国パビリオンは展示がほとんど英語 なのが気になつた。私は中国語を話せないが、数年前に大連旅順を旅行したとき博物館で中国語と英語 の説明がある場合に中国語を読むほうが早かつた。漢字は東アジアの共通文化だからこれを重視し、 中台日その他東南アジアの華僑共通文字として正字體を書けないまでも読めるようにすべきだ。
或るイスラム教団体の出展でパンフレットを一通り頂いた。イスラム教との連携は重要である。ところが 会場を出た後にパンフレットを読むと、この団体は駄目だとすぐ判つた。本部がイギリスにある。数世代 前に設立された。イスラム各国の伝統に従つた信仰が重要である。しかし力のある側による伝統の改変が これまでずつと行なはれて来たからその補正は必要である。その上で伝統を守るべきなのにイギリス化して は各イスラム国の国民の賛同は得られない。欧州でごくわずかに布教できるだらうが欧州は欧州伝統の XX教を維持すべきだ。

七月九日(水) 東京国際ブックフェア、その二
考へてみると陰山英男氏の講演を聴いたこともあり、あれもブックフェアだつたかも知れない。インターネット で検索すると平成二十年七月十三日(日曜日)だつた。当時は小学生に英語など日本のアメリカ属国化の 動きのあつた時代であり、陰山氏の講演にその流れの発言があつたので、私はそこで退席した。せつかく の講演会だから他の参加者の妨害になつてはいけないが、国論を二分する問題で一方を押し付けるときは 遠慮なく退席すべきだ。


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