五百五十三、自然保護主義者三里塚反対集会に参加


平成二十六甲午
三月二十三日(日)「Aさんの御見舞ひ」
私が所属する労組の副委員長Aさんは五ヶ月前に倒れ現在リハビリ中である。三週間ほど前に西日本の或る労組の役員Bさんから手紙が組合事務所に来た。Aさんのお見舞ひに行きたいといふ。そこで私が案内することになり昨日行つて来た。Aさん、Bさん、私でよもやま話が弾んだ。BさんはAさんに二十三日の三里塚反対闘争は東京で行ふので来たといふ話もされたので、それでは私がAさんの代参で集会に行かうと思つた。
私は予て自然保護の立場から三里塚闘争に一回参加したいものだと思つてゐた。しかしAさんが倒れその機会はなくなつたと諦めてゐた。私が成田空港に反対するのはあのコンクリートで覆われた広大な土地である。あれでは地下にミミズが住むことも、秋に昆虫が鳴くことも、木の上で鳥がヒナを育てることもできない。福島第一原発の周辺と同じで死んだ土地の誕生である。そればかりではない。航空機は莫大な石油を消費して地球の温暖化を為し、人の無駄な往来は各地の文化を破壊し、貨物の往来は地元産業を破壊する。

三月二十三日(日)その二「厳重な警備」
会場は芝公園23号地でプリンスホテルの裏、東京タワーのすぐ下である。私は神谷町駅から公園に向ふ細い路地で驚いた。警察官が多数路地の入口にゐて検問と書いてある。私が入らうとするとどこに行くか質問するので集会を見に来ましたと答へると通してくれた。会場を見て更に驚いた。開会前のライブだつたが広場に座る参加者と遠巻きにマスクをして帽子をかぶつた人たちが多数ゐる。会場入口にはヘルメットをかぶつた昔の学生運動姿の警備隊がゐる。野戦病院と書いた赤十字の旗を掛けた自動車もある。つまり三里塚の闘争現場をそのまま芝公園に持つてきたといふ感じである。
それにしても遠巻きにする連中は何だらうか。私服刑事にしては人数が多い。ほぼ全員が手帳を持ち何か書き続ける。参加者の氏名を書いたふりをして参加者に心理的な圧迫を与えるつもりかも知れない。
朝日新聞といふ腕章を巻いた人が一人会場内にゐた。集会の最後にも出会つたからずつとゐたのだらう。どんな記事を書くか楽しみだが掲載しないと私は思ふ。朝日と言へば英語公用語の船橋洋一が主筆になつた。この事実だけでも朝日新聞が何をしに来たのか明白である。

三月二十四日(月)「市東さんの農地を守れ」
市東さんの農地を守れ。これが今回の集会の主題であつた。市東さんは小作農である。しかし三代に亘つて耕作してきた。その土地をこともあらうに農地法で取り上げようとしてゐる。農地法は農民を守る法律である。
多数の弁護団も登場し順番に発言した。今、控訴審で争つてゐる。ぜひ勝利してほしい。

三月二十五日(火)「印象に残つた発言」
誰の発言だつたかは憶えてゐないが、前原がGDPの1.5%を守るために98.5%を犠牲にしてはいけないといふ発言を取り上げた。前原といふのは本当にけしからぬ男である。
最近、生産性の高い農業といふことがよく言はれるが専業農家は生き残れず、兼業農家ばかりになるといふ発言もあつた。
有機農業の発言もあつた。土地に対する農民の感情を空港建設は無視したといふ発言もあつた。労農連携、産地と消費者の連携の話もあつた。

三月二十七日(木)「千葉動労」
千葉動労は連帯の挨拶のなかで労農連携の話をした。総評がなくなつた今となつては千葉動労は貴重な存在である。総評時代は大企業の労組は労資対決で春闘もその他の争議も闘つてきた。ところが総評の末期(昭和五十五年辺り)から自分たちの給料さへ高ければよいとする隠しベアが流行するやうになつた。そして総評が解体し連合になつた。
千葉県内、運転部門ではあるが大企業の多数派労組が労資対決を今でも保つ。貴重な存在である。国宝、無形文化財、史跡、名勝、天然記念物、国鉄指定周遊地、国際保護鳥に指定してもよいくらいである。
国際保護鳥と千葉動労に何の関係があるのか。さういふ質問が出さうだから説明をすると、在来線時代の特急「とき」は特急「あずさ」と共通運用で田町に車両が配置された。後に「あずさ」は幕張の車両も使ふやうになつた。といふことで国際保護鳥トキの姉妹列車を千葉動労が担当した。国鉄分割後は鉄道に興味がないからどうなつたか不明である。

三月二十九日(土)「脱原発運動代表の発言」
「各地からの闘いの報告」では厚労省前にテントを張り脱原発運動を行ふ団体の代表が発表した。まづ代表と紹介されたものの規則もなく皆で決めてゐると発言し、その姿勢は賛成である。しかしこのやうに融通無碍な集団だといふ辺りから違和感を覚えた。その後の三里塚闘争は各党派が指導したがつたといふ意見は賛成である。賛成だがその後も違和感を覚えた。その理由を集会が終了後によく考えると、三里塚闘争には内ゲバといふ暗黒面もあつた。
うちの労組のAさんは第四インターに近く、第四インターは中核派の攻撃で重傷者を出した。私は当時「労働情報」誌を購読し、同誌は発行人清水慎三(元社会党左派中央執行委員、元信州大学教授)、編集人市川誠(元総評議長)といふそうそうたる人員だつたが、同誌は宇井純氏など良識派の意見を掲載し内ゲバはやめるやう主張した。
そのやうな歴史を踏まへて脱原発運動の方は発言したので、そのことを知らずに聴くとかなり違和感を持つ。私も後でそのことに気付いた。しかしこのような意見も発表者にゐるのだから今は闘争もかなり改善されたと期待したい。
脱原発運動の方は発言の最後に、国民から支持される運動にと言つた。これは大賛成である。私自身が今までさうだつたから言ふのだが、成田空港を利用する海外旅行客はもう三里塚闘争は終つたのだと思つてゐる。そして昔を知る人は警察官殺害事件や内ゲバを思ひ出す。今回の集会に参加してまだ続いてゐることを初めて知つた。市東さんの農地問題は本来は新聞やテレビが報道してもよいのにどこもやらない。そのような偏向報道を跳ね返し、国民に支持される闘争が必要である。

三月三十日(日)「共産主義者の惨事の原因」
共産主義者は世界を驚愕させる事件を余りに起こし過ぎた。海外ではまづボルシェビキによるメンシェビキやエスエルその他各政党の弾圧、スターリンによる粛清とトロツキー暗殺、毛沢東による文化大革命、ポルポトによる大量虐殺。日本国内ではリンチ殺人、内ゲバ。
惨事が続発する理由は唯物論である。人間は食べて酸素を吸つて二酸化炭素と糞尿を排出するだけではない。人類が数百年数千年を掛けて作り上げた文化がある。文化とは言語、慣習、礼儀、道徳などである。文化があるから社会生活を営める。
マルクスの時代は資本主義が発生して文化が破壊された。しかも科学が猛火の勢ひで発展した。だから弁証法的唯物論で唯物論を克服しようと考へた。弁証法的唯物論といふ新しい道徳といつてもよい。資本主義はマルクスの時代は労働者の悲惨な生活、レーニン、スターリン、毛沢東の時代は帝国主義、今は地球温暖化で矛盾は長期的には絶対に解決しない。
しかし資本主義の問題点は解決しなくても唯物論の弊害は一時的には解決された。だから弁証法的唯物論を主張しても世界中から相手にされない。そればかりか共産主義者同士で内ゲバばかりを起こすやうになつた。
共産主義者は、資本主義こそ本当の唯物論であり弁証法的唯物論はマルクスの時代にはその対策として有効と考へられたが今では無理だと判つたとして、唯物論を放棄することが不可欠である。

三月三十日(日)その二「かつて共産主義者は唯物論を克服した」
共産主義は民族独立運動を支援することで唯物論を克服した。もし唯物論の立場なら言語は世界で統一し文化も統一し道徳と慣習は破壊するからだ。
ここで読者は気づかなくてはいけない。言語、文化の統一と道徳、慣習の破壊。資本主義、グローバリズム、新自由主義こそ本当の唯物論である。共産主義が資本主義に敗北した理由は本当の唯物論を批判せず自分たちが弁証法的唯物論を名乗つたことだ。唯物論を克服するはずの弁証法的唯物論が本人たちは勿論、外部からも誤解されてしまつた。丁度、唯物論を克服する思想を完成させて超唯物論と名付けたところ、唯物論より更に悪いと思はれてしまつた。或いは資本主義を克服するつもりで弁証法的資本主義と名付けたところ資本主義より悪いと誤解されてしまつた。しかも外部ばかりか自分たちまで誤解してしまつた。これが共産主義敗北の原因である。

四月一日(火)「三里塚闘争は唯物論を一旦は克服した」
米ソ冷戦の中で三里塚闘争は労農が協力することにより、一旦は唯物論を克服した。もし唯物論の立場なら農地は生産手段だから代替農地への移転が可能である。しかし農民はその立場を採らなかつた。東峰神社を守る闘ひもあつた。
この時期残念だつたのは毛沢東の文化大革命で共産主義が過激化したことである。また反対派と機動隊が衝突を繰り返すうちに双方が過激化し憎しみ合ふやうになつた。そしてせつかく唯物論を克服したのにどこかに吹つ飛んでしまつた。
集会の発言を聴いた印象は、市東さんの農地を守る運動や全国の農民運動の人たちの発言には共感する部分がほとんどである。千葉動労の発言も労農連帯の立場であり八割が賛成である。しかし学生運動の人たちの発言は賛成できるのは三割だらうか。
世代間の文化の継承は重要である。反原発運動の方の発言された国民から支持される運動も重要である。

四月二日(水)「左翼は無害だが左翼崩れは社会に有害である」
集会で日帝といふ言葉が何回か出てきた。日本帝国主義の略だが日帝を批判する分には害はない。帝国主義は西洋が起源であり、かつてはイギリス、今はアメリカが帝国主義の中心だからである。それに対して反日新聞(自称朝日新聞)やリベラルと称する連中は日本そのものを批判する。それでゐてイギリスやアメリカは崇拝する。かつては考へられなかつた。イギリスは世界最大の宗主国だつたしアメリカは世界最大の軍事国だからだ。
日帝といふ言葉を用いても日本は帝国主義、米英は民主主義といふ分け方だと左翼崩れと同じになつてしまふ。米英仏日独伊みなが仲良く帝国主義、といふか互いに仲が悪く帝国主義。これが産業革命の行き着く先であり、今は化石燃料の大量消費で誤魔化されてゐるが地球滅亡といふ新たな大問題が発生した。これが正しい帝国主義批判である。

四月三日(木)「成田空港を廃港にしよう」
地球温暖化問題をもつと大々的に叫ばう。さうすれば首都圏に空港が二つ必要なのかといふ議論が起きる。円安が今後進めば海外旅行客は減少する。成田空港は廃港にして農地に戻さう。
海外旅行者は反対運動が今でも続くことを知らない。私も知らなかつた。三里塚反対集会は昔の運動家のOBOG会かと思つたくらいである。まづ成田空港利用客に反対運動を知つてもらふ。次にプラザ合意以降の円高は異常事態であり、その前に戻すべきことを国民合意にする。さうすれば農業は復活するし工業も復活する。失業者はゐなくなるし非正規雇用はなくなる。(完)


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