三千三百二十五(うた)飯田利行「定本良寛詩集譯」から法華讃を読む
丙午(西洋地球破壊人歴2026)年
十月六日(火)
飯田利行さんの「定本良寛詩集譯」はこれまで、法華讃を除く漢詩の部分で、何回か特集を組んだ。今回は、法華讃を目的に、此の本を読もう。さう決めて読み始めるが、すぐに挫折する。挫折しては読み始め、読み始めては挫折する。その繰り返しで、何とか五十九頁(二十頁から始まるので七十九頁迄。勧持品の前)読んだ。砕氷船のやうに、進んでは戻る。水前寺清子の『三百六十五歩のマーチ』のやうに、三歩読んでは、二歩違ふことをする。それで何とか、此処まで来た。
此処迄の内容を書く筈だったのに、此れまでに書いた「定本良寛詩集譯」との関係を見ようと調べたところ、法華讃を何回か、飯田さんの書籍で特集を組んだことを知った。新しい順に、良寛和尚法華讃の前に道元和尚を調べたは、最初に飯田さんの著書が出て来るが、あとはAIに道元和尚と法華経の関係を訊いたもので、だからAI部分は小さい活字にしてある。
「定本 良寛詩集譯」(法華讃)は、飯田さんとは別の解釈をしたが、序品に留まる。方便品以降は、飯田さんの解釈に、とうてい小生では無理だ。その前に法華讃を続き物として読むも見つけた。小生が訳した部分も、今では書けない。二年間で少し老化したかな。それとも、法華経は後世の作で、それだけなら他の経も同じだが、此の経を毀(き)謗する者は「仏種を断ぜん(中略)阿鼻獄に入らん」(譬喩品)や「頭破れて七分」(陀羅尼品)と、逆に他経を毀謗する。
この文言は、仏法以外を指すとは考へられず、法華経以外を信じる仏法比丘に対してだらう。その排他の姿勢は三毒そのものなので、法華経とは疎遠になった。
次は法華讃を飯田利行「定本良寛詩集」から。これも、今の小生には書けない。執筆力や思考力の低下ではないと思ふ。やはり、法華経と縁が遠くなった。
飯田さんの法華讃訳注は、内山谷川松本さんの「定本 良寛全集」よりはるかに優れるは、なるほど三年半前はこれらを考へたことが、鮮明な記憶にある。その一方で、少し前の良寛の法華讃を、飯田さんの著書で読むは、まったく記憶にない。一週間しか離れないのに不思議だ。
十月七日(水)
過去に読んだ時の考察を考慮せず、途中まで読んだ感想は、やはり先頭の「法華讃」は、鎌倉教祖の教へに対しての、改良案。あの教祖がすべて正しい、と考へてしまふと、仏法とは別の教へになってしまふ。だから題目ではなく「南無妙法華」と別の表現を用いた。どちらも同じ内容だが、題目は良くて良寛和尚の提唱したものは駄目だとするなら、それはあの教祖を妄信し過ぎる。
あの教祖を庇ふなら、非常時と平時の違ひだ。非常時に迫害されながら説法したことは、釈尊を嘘つきにしない為だった。
十月八日(木)
法師功徳品の三番目の漢文の訳に
三乗的つまり小乗的な修行も
は問題ない。三乗のうち、声聞と縁覚は従来仏法、菩薩は大乗仏法なので、三つを称して小乗と称したからだ。曹洞宗など坐禅系各宗派は、悟りを目指す。つまり、声聞と縁覚だ。
それが大乗に分類されるのは、大乗経典を読誦するからだが、本来の坐禅系は、只管打坐であり、不立文字だから、この分類法は根拠を失ふ。
三乗を小乗と呼ぶことは、坐禅系各宗派しかできないかも知れない。
三乗を越えて一乗全員を 救ふことなら善きことに 阿鼻や頭破とは反語にて毀謗する者居らずが正意
反歌
三乗を小乗と呼ぶ流儀には邪心慢心私心は在らず
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