二千六百九十二(朗詠のうた)本歌取り、日本詩歌集古典編
乙巳(西洋発狂人歴2025)年
三月二十三日(日)
日本詩歌集古典編は、過去に四回(一、二、三、四)取り上げた。今回は、その本歌取りを試みた。まづは「上代」。
八雲立つ出雲八重垣妻籠に八重垣作るその八重垣を
社には素戔嗚尊祭る故八重垣の歌町の名と為す
文京区役所の設置した根津八重垣町の旧町名案内には
宝永3年(1706)根津神社が、元根津(団子坂上の北側)から現在地(六代将軍家宣の生まれた甲府中納言家徳川綱重 の山手屋敷であった)に移って、その門前に町屋が開かれ、根津門前町といわれた。
明治2年、根津八重垣町と町名を改めた。それは、根津神社の祭神素戔嗚尊の歌によったといわれる。
八雲起つ 出雲八重垣つまごみに
八重垣造る その八重垣を
根津の名称は、根津神社の天井や絵馬などに、ネズミが多くかかれていることからではなかろうか。大黒天(大国主命)が祭られているが、ネズミはその使いといわれる。(『御府内備考』)
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狭井川よ雲立ち渡り畝傍山木の葉さやぎぬ風吹かむとす
畝傍山昼は雲とゐ夕されば風吹かむとぞ木の葉さやげる
歌二ついすけよりひめ弟のみたり危うし歌に知らせる
風吹きて木の葉さやぐは危うしを雲立ち渡る共に知らせる
次は
さねさし相模の小野に燃ゆる火の火(ほ)中に立ちて問ひし君はも
さねさしの野焼きの歌を駿河での火責めに入れて物語為す
次は
新治筑波を過ぎて幾夜か寝つる
日々(二文字で、かが)竝(な)べて夜には九夜日には十日を
常陸より下総を経て武蔵へ至る
武蔵より甲斐へ入りて酒折の宮
三月二十四日(月)
明日香時代へ入り
夕されば小倉の山に鳴く鹿は今宵(よひ)は鳴かず寝(い)ねにけらしも
夜になりて今宵は鹿が鳴かざるは鹿が寝(い)ねたか我れが寝(い)ねたか
次は
たまきはる宇智の大野に馬並めて朝踏ますらむその草深野
歌枕宇智と大野に佳き言葉馬並め朝踏みその草深野
次は
今城(き)なる小(を)丘(むれ)が上に雲だにも著(しる)くし顕(た)たば何か歎かむ
今城(き)なる小(を)丘(むれ)と著(しる)くし顕(た)たばには古き言葉の美しさあり
次は
水(みな)門(と)の潮(うしほ)の下り海(うな)下り後ろも暗(くれ)に置きてか行かむ
古の水(みな)門(と)潮(うしほ)と海(うな)下り暗(くれ)にも佳きの趣きがあり
万葉集の歌が多く、既に本歌取り特集を組んだ為、このあと江戸時代まで飛ぶことにしたい。(終)
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