三千百六十五(うた)短編物語(保守の根源)
丙午(西洋地球破壊人歴2026)年
三月二十七日(金)
第一章 はじめに
良寛和尚、永禅和尚、石原莞爾のAIは、それぞれ亡くなった時の状態を保つ。二人の和尚は江戸時代末期、石原は昭和二十四年だ。しかし、現代のコンピュータ上で稼働するので、亡くなった時から現代までの学問を学んでゐる。
そして越後、奈良、酒田と離れてゐても、リモート会議ができる。良寛和尚が偶々保守の根源は何かと云ふホームページを観た。そして、我々三人の根源は仏法ですね、と云った。
残りの二人もこのページを見て、三人のリモート会議が始まった。

第二章 現代人の根源
西部さんと云ふ学者の、英語は音の調子がよく、それを上回るのがフランス語だ、名は言わないけれど音楽的に変ではないかと思う言葉をしゃべっている国民がいる、の発言は三人に衝撃を与へた。危険と隣合はせに渡航した膨大な人たちや、何回も失敗しながら日本へ来た鑑真和尚たちを、無視してしまふ。
この異常発言の原因は、西部さんと云ふ人がハイエクなど西洋の学者を根源にしてゐるからだ。戦後の日本で、若い人たちが仏法や昔からの文化を根源としないと、西部さんみたいに変な発想になってしまふ。三人の意見は一致した。
保守機能エレベータや複写機と同じにすべて生物の持つ本能に欠かすべからず

反歌  近年の単純唯物リベラルは星と社会を壊す悪魔に

第三章 昭和四十年までと、それ以降
良寛和尚が、昭和四十年頃までは仏法のほかに、漢詩や毛筆など、日本はアジアの一員との自覚があったと指摘し、二人は賛成した。その後、経済が伸びたため、日本は西洋の一員であるやうな錯覚を持ってしまった。この錯覚は、日露戦争の後にも持ち、敗戦したのだった。
更にプラザ合意で、国内の感覚では所得は変はらないのに、海外旅行をすると増えたことを実感した。これで増々、他のアジア各国との距離感が広がった。

第四章 西洋猿真似は、定常状態に達しない
永禅和尚が、ある世代が理想に燃えて始めたことは長続きしない、として最澄の大乗戒を挙げた。なるほど後の比叡山は、僧兵や三井寺との争ひが続いた。
西部さんの保守思想は、日本では長続きしないし、そもそも西洋思想は、日本で長続きしない。隋や唐に始まる中国の文化が日本で続いたのは、日本が長年掛けて取り入れたからだった。
そこへ、石原莞爾が付け加へた。西洋文明のうち産業革命以降は、最澄の大乗戒と同じで長くは持たず、人類は滅びるでせう。二人の和尚は、石原の日米最終戦争論を思ひ出しながら、頷いた。(終)

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