二千九百六十二(普通のうた、朗詠のうた)メモ書き歌(地元の折句)、物語論
乙巳(西洋地球破壊人歴2025)年
十月二十一日(火)
地元の歌を折句で「見沼代用水」。
見に行けば沼は田を経て代替はり用ゐぬ空き地水のみ活きる

見沼田圃は、田圃が少なくなった。
次は辻用水路を改造した六(む)辻水辺公園から「六辻水辺」。
六水路辻用水は水僅か辺境の地へ利根の川水

六水路とは、六ケ村用水、戸田用水、蕨用水、新曾用水、辻用水、笹目用水。(資料へ)
次は「鯉のみづべ」。
鯉が棲む野と田が囲む見る昔辻用水の変化行く末

次は 「六辻交差点」。国道17号と旧中山道が、交差する。
六辻から辻用水は降下して探すも地下に天日届かず


十月二十四日(金)
今日から普通の長歌と反歌。
鶏が鳴く武蔵下総相模には人の集まり過ぎる故 蝦夷奥羽から九州と琉球までの繁栄を 願ひ首都圏今以上人を集めず全国各地

反歌  南北線延伸すると首都圏がますます過密流れが逆に
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十月二十五日(土)
物語り戦ものなど昔から 近年に出た小説は会話が多く人格を偽装する故問題があり

反歌  小説に俳句と短歌近代に現れた故その名用ゐず
反歌  物語り昭和四十の年までは良きものあるもその後は落ちる
長歌と区別するための反歌なら、昔から在る表現でよいことだ。しかし和歌の意味で、短歌の語を使ってはいけない。

十月二十六日(日)
歌及びそのほかの文違ひあり 普通の文を比べれば違ひは見えずもはや一つに

反歌  物語そのほかの文比べると違ひはなしにゆるりと変はる
物語(世間で云ふ小説)を三つ作り気付いた事は、物語とそのほかの文に違ひはない。創作(世間で云ふフィクション)が物語、それ以外は普通文(論文、事実、感想、感動描写)とする分け方もあり、これは正しい。とは云へすべての文を、歌と非定型文に分けるのが、一番合ってゐる。(終)

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