二千五百八十七(朗詠のうた、普通のうた)若山牧水全集(増進会出版社)第八巻
甲辰(西洋発狂人歴2024)年
十二月十二日(木)
第七巻は歌集が無いので飛ばし、第八巻は歌集「くろ土」だ。まづは「大正七年」の章。
あららかにわが魂を打つごときこの夜の雨を聞けばなほ降る
いなづまと俄か雨音屋根と壁無きが如くに魂を撃つ
次は
垣ちかく過ぐる夜汽車のとどろきのなつかしきかもいまの寝覺めに
汽車の旅なつかしさあり牧水と歌に心を向け進むあり
次は
戸外(二文字で、とのも)いま明るみ来なば歩まむとねざめゐて待つ春の朝明(け)を
寝覚めるも外は暗闇夜明け待つ今日は忙し楽しき日にぞ
次は
東(ひんがし)にうかべる雲のくれなゐの端みだれたり東風(二文字で、こち)の寒きに
夕日射すくれなゐの雲黒き影端より伸びて寒き風出る
--------------------ここから「日本酒、その三十六」--------------------
「比叡山にて」段落の、或る詞書に
その寺男、われにまされる酒ずきにて家をも妻をも酒のために失ひしとぞ。
とある。くれぐれもこの寺男や牧水みたいな飲み方は、止めてほしい。因みに、今は大酒のみがほとんどゐなくなったが、一つには暖房が発達したことがある。かつて日本の冬は寒かった。御燗をした酒を飲むと、その温かさの何十倍もの熱が、体内でアルコールを二酸化炭素にするときに発生する。
夏も冷房が発達したために、ビールで体を冷やす必要が無くなった。ビールも体内で熱が発生するが、ビールは度数が低いため尿は体温と同じでそれを放出することで排熱した(と思ふ、正しくはアルコールの発熱量と、ビールと尿の温度差から計算すべきだが、経験上、ビールを飲んで体が熱くはならない)。
「日本酒、その三十五」へ
「日本酒、その三十七」へ
--------------------ここまで「日本酒、その三十六」--------------------
此の詞書より十二首前に
見廻せば杉の太幹たちならびさびしきものかわれの心は
比叡(え)の山樹の幹太く僧兵や焼き討ち刻む都は近し
「比叡(え)の山」は、六首先の「比叡(え)山の」に合はせた。此れが無ければ「比叡山」とするところだ。
「みなかみへ」の段落では
つぎつぎに影を投げつつ連なるや朝日さしそふ雪のむら山
山なみのすべての川は此の湖(うみ)へ出でて下りて稲穂は育つ
かなり先へ飛ぶが、同じ段落の
この奥にもはや家なしこの渓のゆきどまりなる村といふこれ
裏の崖二階の窓の高さにてあとは美鈴湖美ヶ原
母の実家は松本市内だったが、後に浅間温泉へ引っ越した。ここは牧水の歌と同じで、背後は頂上迄家が無かった。
十二月十四日(土)
「大正八年」の章へ入り、「犬吠埼にて」の段落では
雪ふくむ雲ゆきまよひわだつみにさわだつ浪のいろ定まらず
犬吠は小雪混じりに黒潮の流れ穏やか暖かくとも
次は
うちあがる浪かき濁り荒海に降るとも見えず時雨降るなり
犬吠は風強き崎その時は浪は濁るも岩で真白に
次は
わが汽車のゆけばまひたつ一二羽の白鷺ゐたり廣き冬田に
汽車の旅みなかみ行に思ひ出す牧水の旅歌とさすらひ
次は
うす雲の空にのぼれる朝の日に杉のこずゑの雪散りやまず
山の端を上る朝日は弱くとも軒より雪は絶えず滴(したた)る
「駒ヶ嶽の麓」の段落では
天竜川いまだ痩せたるみなかみの此処の渓間に雪は積みたり
天竜と赤石号は飯田線かつて駆け抜く庶民急行
天竜は、天竜峡(または飯田)長野間。赤石は天竜峡(または飯田)新宿間。赤石は昭和四十三年十月にこまがねと改称。
「霞ヶ浦」の段落に
明日漕ぐと樂しみて見る沼の面の闇のふかみに行々子(三文字で、よしきり)の啼く
現役時霞ヶ浦に顧客あり 今既に無しなつかしの鹿島鉄道乗りて現場へ
反歌
別の日に鉾田廻りで顧客へと鹿島鉄道合はせて踏破 (そのときの様子)
十二月十五日(日)
「大正九年」の章に入り
九十九折登ればいよよ遥けくて麓の小渓ながめ見飽きぬ
此れまでに六(む)十(そ)と九つ生きるとも眺め日毎に変はり見飽きず
次は
愛鷹の真くろき峯にうづまける天雲の奥に富士はこもりつ
鶴見から小田原までは同じ県 小田原熱海すぐ近く 熱海より観る富士の嶺は目の前にして 合はせて近し
反歌
浦和より観る富士の嶺は遠くとも浦和と鶴見武蔵野にあり
反歌
浦和より観ゆる富士の嶺みやこ経て空は濁りてその先こもる
反歌
冬の日はみやこの空も霞まずに富士の嶺近し東より観る(終)
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