千三百三十一 久しぶりにまともなNHKこころの時代~宗教・人生~「ふたつをひとつに−ロボットと仏教−」
己亥、西暦2019、ヒジュラ歴1440/41年、紀元2679年、仏歴2562/63年
六月三十日(日)
久しぶりにNHKこころの時代~宗教・人生~を見たところ、今回はまともだ。「ふたつをひとつに−ロボットと仏教−」で森政弘さんと云ふロボットの専門家が、仏道との関係を語った。聞き手は丸井弘さんで、過去に批判したり誉めたりしたことがあった(1、2、3、4)。今回は実に良い聞き手だった。
本論に入る前に、前置きや余分な話が多かったが、これはNHKの編集が悪い。あと女のアナウンサーが下手だ。普通の高低で話せばよいではないか。わざとらしい感情移入は聴いてゐて不愉快だ。私のメモ書きによると
お釈迦様は教へを発見した(発明ではなく)。
レーダーの本Cybernetics(舵をきるのギリシァ語)に、制御と通信、機械と動物。
自動制御へ。日本人は手が器用だから、自動化に自動制御が必要。鉄腕アトムの真似をしたかったのだらうと云はれるが違ふ。
法華七喩の中の三草二木。小指も大切。指一本に宇宙が(華厳経)
不気味の谷。ロボットを人間に近付けると親近感が増えるが、ある所で急落。更に近付けると再び上昇。
心臓手術は工学が必要で医師と接点。次はロボットの顔の表情で整形外科と。握手して気味悪くないように。柔らかくても冷たいと気味悪い。医師と違ふところに気付く。目は2つでなくてもよい。
植物は脳がないのに、どう制御するのか。
40代で臨済宗の坐禅。2つの概念を1つに。倒れないものは歩けない、例へば岩。倒れること利用して歩く。刃物は切れない部分、はんだごては冷たい部分があるから使へる。
普通は30%悪だが70%善だとか、善悪両面あると考へるが、間違ひ。善、無記、悪の三性の理。
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事柄< 事柄がないと対立に。二元性一原論
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全宇宙が判らないと自分が判らない。宇宙には自分も含まれる。言葉にすると二つになる。無、空。二つの先の般若。直感。
ロボットコンテストの作文の紹介で、苦しいときもあったが、完成して楽しい、あっと云ふ間に。動かないものは嫌ひだった、動かないものは動かせばいい。
技術は善でも悪でもなく無記。
制御が大事。無いと善が悪に。始めに制御あり。仏教は心の制御。欲は無記だが。
みつめむれつくり->自律分散制御システム。分担協調。
人間の心が自然に帰らなくてはいけない。自然の畏敬の念。
森政弘さんは臨済宗の僧と出会ひ指導を受けたのに、途中で映ったのは曹洞宗の僧堂の坐禅風景で、番組最後の取材協力に永平寺と載った。これなんか取材協力でも何でもない。たまたま坐禅の録画があったのでディレクターかプロデューサが安直に入れたのだらう。やはりNHKは駄目な組織だ。(終)
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