八百四十三 落語家並みの話術、小湊両親閣上村貞雄師(日蓮宗金曜講話、法話と芸能は同族を示す)

平成二十八年丙申
五月十三日(金) 日蓮宗宗務院金曜講話
日蓮宗宗務院では月に一回、金曜講話を開催する。私は昨年の六月に一回聴きに行った。それから一年欠席を続けたのに、案内の葉書を送ってくださる。その熱意に感激し、本日は休暇を取り 日蓮宗金曜講話を聴きに行った。
私はどの宗派、宗教であれ、熱心に布教されるときは敬意を表して参加するようにしてゐる。昨年末に子供が通園した幼児園からクリスマス礼拝の案内を頂いたときも参列した。あのときは卒園して十三年を経過したのに葉書を送ってくださつた。

今回の上村貞雄師はどのような僧侶なのかまつたく知らなかった。常任布教師といふことで話は上手なのだらう。さう思って出席した。ところが驚いたことに、その話術たるや今までに拝聴した僧侶のなかで最も優れるものだつた。
僧侶としてあるべき説教の模範が浄土宗の伊東靖順師、話術の巧みなのが浄土真宗本願寺派の木下明水師。木下師は若手としてコントの話術なのに対して、上村貞雄師は伝統芸能の落語の話術で巧みだつた。木下師は若手なので少し危ないところがあつたが、上村貞雄師は年の功と云ふべき完璧な話し方だつた。

五月十四日(土) 如法の説法
お題目でお迎へをする中を上村貞雄師が登壇された。伝統の高座はよいものだ。尼さんが説法一式の箱を掲げて机の右側に置かれた。皆で経文の一節、お題目を唱へ、貞雄師が譬喩品と開目抄の一説を唱へて法話が始まった。如法に法話を始めるのはよいことだ。宗祖以来歴代の僧侶、信徒が背後で応援してくださる。
法話を少し聴いて驚いた。間の取り方、口調がプロの落語家と変はらない。話が進むうち、滑らかな口調が少し滞ることがあつたが、これはプロの落語家が何十回も練習したのに対し、初めて話す内容だからこれは問題ない。そんなことを考へるうち、話はどんどんと進み蒟蒻問答の話になつた。落語の蒟蒻問答を抜粋したものだが、扇、布を用ゐる仕草は落語そのものだ。
芸事として落語を習ったのかも知れないが、私はこのとき説法と落語は同根だと感じた。説法と講談、浪曲が同根といふことはこれまでも云はれて来たが。

五月十四日(土)その二 説法の内容
貞雄師の説法は「もう一度思い起こしましょう 父母孝養のこころを」といふ題で、これは今年八月十五日が日蓮聖人のお母さまの七百五十回忌に当たることに因む。まづ譬喩品の
今、此の三界は皆な是れ我が有なり、其の中の衆生は悉く是れ吾が子なり、(中略)唯我れ一人のみ能く救護を為す
の説明をされた。
次に開目抄の
孝と申すは高也、天高けれども孝よりは高からず、(中略)聖賢の二類は孝の家より出たり(中略)。仏弟子は必ず四恩を知って知恩報恩を致すべし。
の説明があつた。次に主師親の三徳の説明があつた。仏様は主師親、衆生は従弟子(じゅうていし)といふ話もあつた。学校の先生も主師親の三つが必要との説明もあつた。
知恩は四恩(1.父母の恩、2.国主の恩、3.一切衆生の恩、4.三宝の恩)、報恩は二つの分類があり1.四無量心(慈、悲、喜、捨)、2.四攝法(布施攝、愛語攝、利行攝、同事攝)の説明があつた。ここで攝は大きな心で包み込むこと。

一時間三十分の講話時間のうち、報恩の話のときにまだ四十五分は残ってゐただらうか。私は一時間で終ってあとは質問の時間にするのかと予想した。しかしここからが感嘆するばかりだつた。
布施攝の説明で香淳皇后が平成十二年に詠まれた恵まれぬあまたの人も(以下略、メモ書きが追ひ付かなかった)のお歌を紹介しつつ財施、身施、和顔施の説明をされた。和顔施は笑みを浮かべることで日蓮聖人の一日に一回笑みて候はせの御妙判を引用し、お金が無ければ親に一日一回笑顔を見せることも孝行になると話された。
愛語攝では方便品の言辞柔軟悦可衆心を引用された。利行攝では山岡鉄舟が清水次郎長に与へた額(徳利二本の下にかんざし、その下に小判二枚の絵と短歌)の話、同事攝では相手の立場に立つことの難しさとして蒟蒻問答を話され、次に「手を打てば、はいと答へる、鹿逃げる、鯉は集まる、猿沢の池」を引用して相手の立場に立つことの難しさを説明された。
このあと母の恩について、昭和六十一年久留米で500gの超未熟児で障害を持つから中絶を医師から勧められたのに生み、目が不自由になつたが全国盲学校弁論大会で優勝する生徒の話では、会場で涙を拭く人の姿も見られた。笑ひの次に涙ありの名講演となつた。
次に刑部左衛門尉女房御返事の「母の御恩の事(中略)三千大千世界にかへぬべし」を引用、更に日蓮聖人が身延入山の翌年、毎日奥の院に登山され雲は故郷の両親の墓石の上空を通っただらうか、風は墓石に吹いただらうかと思はれた話をされ、法華経の心は孝行の心として講演を時間どおりに終了された。

五月十六日(月) 資料を配布することの重要性
涙を誘ふ場面の頂点は、時間の長さから云へば盲学校弁論大会の話だ。しかし雲と風から両親の墓を想ふ描写こそ頂点だつた。前者を脇侍としつつ後者を本尊としたと云へる。同じように香淳皇后の和歌、山岡鉄舟と次郎長、蒟蒻問答は、時間の長さから云へば盲学校弁論大会に匹敵する重要な部分だ。しかし話全体の流れでは知恩報恩のうちの報恩の話の中の、四攝法の中の三つの攝の説明だった。
上村貞雄師は資料を配られたため、その関係が良く判った。もし資料が無かつたら、講話が終った後で参加者にどんな話だったかと問へば、盲学校弁論大会と蒟蒻問答だった、あと次郎長の話もあったといふ答が返って来るだらう。
一時間半は長い。これを話すには内容を多くする方法が一般だが、貞雄師は項目の説明に工夫をされた。珍しい方法だが参加者は退屈することなく感動を胸に会場を後にした。(完)


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