八百二 心の時代「さとりへの道~華厳経に学ぶ」(その四、入法界品)

平成二十八年丙申
一月十七日(日) 入法界品
今朝は、心の時代「さとりへの道~華厳経に学ぶ」第三回を観た。今回は入法界品で、その前の品までは仏教、体得する境地についてだつたが、この品は善財童子について説かれる。善財童子は生まれたときから七つの宝を持つ。文殊菩薩に見いだされる。菩薩、神、出家者、遊女、子供の善知識に会ふ。善知識とはサンスクリット語では善友(ぜんゆう、善き友)。
まづ以上のお話があつた。

一月十七日(日)その二 善知識
1.功徳雲比丘 念仏三昧。この当時の念仏は心の中で念じる。憶念の念仏。そのため三昧とくっつく。
2.海雲比丘 海を見て瞑想。海の上に仏が現れ普眼の能力を得た。当時から一つに集中した。何に集中してもよいが、海は大切、生命は海から生まれた。普眼とはすべてが見える。

止観(瞑想)について、私の思ふところと木村氏の云ふことは類似するが、それもそのはずで、私は最初、総持寺の日曜参禅会で学んだためだ。
3.弥伽(みが)長者 ドラヴィタ人。師弟ともに学ぶ、大学も同じ、師は逆に弟子から学ぶこともある。
4.勝熱婆羅門 刀の山から火の中に飛び込めと云はれ、疑ひを持つ。疑ひを持つことは自然、どう乗り越えるか。婆羅門が登場するといふことはバラモン教、ヒンズー教との融和を当時の大乗仏教は考へてゐたのでは。
5.婆須(しゅ)密多女 経には、指に触れる、抱擁する人いれば三昧と書かれる。愛欲を超える菩薩の境地に至つた。我々は食欲、性欲の上に生きてゐる、昇華は可能。煩悩即菩提について煩悩があつてもよいと観念的に云つてしまふが、さうではなく煩悩について言及。
6.弥勒菩薩 以上は文殊菩薩の起こしたことだから文殊菩薩に再会するよう進言。菩提心。
7.文殊菩薩 信心を離れては菩薩堂は成り立たない。
8.普賢菩薩 我が清浄なら法身を観ぜよ(さうすれば不退転に)

以上のお話があつた。菩提心の「此の法を聞きて歓喜し(以下略)」について、親鸞聖人は華厳経を愛し、教行信証に「此の法を聞きて信心を歓喜して」といふ類似した表現があることを紹介した。華厳経の要旨は、善知識に会ふことが悟りにつながる、とまとめられて今回を終了した。(完)


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