八百一 休暇を取り展示会へ

平成二十八年丙申
一月十五日(金) オートモーティブワールド
本日は休暇を取り、国際展示場で行はれたオートモーティブワールドを見に行つた。行くまでの経緯はかうだ。まづ或るセミナーに招待するといふ連絡が来た。更にVIPの招待券も送るといふ。VIPの招待券は会場の休憩コーナーが使へて、コーヒー、紅茶が無料で飲める。といふことで申し込んだ。過去に、環境展など休暇を取つて展示会やセミナーに行つたことが十回くらいある。いづれも普通の招待券だ。そのようなことがあり、今回十数年ぶりにVIPの入場券で参加することになつた。

一月十六日(土) セミナー
インターネットで調べると、このセミナーはもともと無料だ。つまりVIP入場券に釣られただけだつた。とはいへどんなセミナーでも参加すると得るものはある。最初に登場した中国人は日本語で講演した。聴き取りにくいところがあつた。二番目の中国人と三番目の白人はシリコンバレー在住で英語で講演し同時通訳があつた。同時通訳の日本語はもちろん聴き取りにくいところはないが、理解できない部分はあつた。つまり同時通訳の段階で情報量が損なはれる。あと通訳が自分でも理解できない英語はそのままカタカナにするから余計判らなくなる。
三人とも話した内容のすべてを理解できた訳ではないが、多くの聴衆は一番目の中国人の日本語が判らなかつたと印象に残るだらう。しかし三人とも内容の判らない比率は同じだつた。

一月十八日(月) 鼎談
三人が個別に講演ののち、日本語で話された中国人を司会に鼎談があつた。といつても残りの二人が互いに話すことはないから、対談を二つ連続させたものと云へる。若い女性が時計係として最前列の更に前に現れた。最初はメモ書きを司会に渡すので、鼎談をプロデュースしてゐるのかと目を見張つたが、対談相手の話が長いときはあと何分といふ紙を表示するから、時計係のようだ。
なるほど鼎談のときは予め話す内容と予定時刻を決めて、台本通りにやる方法もあるのかと感心した。

一月二十日(水) ニューラルネット
私の勤務する会社は、ニューラルネットを扱つてゐる。だから今回の展示会は自動運転のディープラーニングなど関係が深い。ニューラルネットは最初、私が担当になつた。
或る国内の会社がアメリカ製のニューラルネットを輸入し数年間販売した。しかし累積赤字が増えるので売却先を探した。売却額はこれまでかかつた費用だが、責任者をいつしよに引き取れば無料でいいといふ。契約社員として引き取ることになつた。場合によつてはうちの会社は首切り代行業になる。
噂では前の会社でその責任者の部下は皆、辞めてしまふといふ。その人が私の上司になつた。私自身への首切り屋になる虞もあつた。国際展示場で行はれた展示会に出展し、会場で早速衝突した。これまで私の会社では技術と営業を分けてきたのに、今回の組織はいつしよだから、衝突内容を報告して組織を分けるようお願ひした。しかし逆に私が担当から外された。
後任者は理学博士号を持つ人だから適任だ。ニューラルネットはコンピュータ技術より数学力が必要だ。長期に見ればこの人のほうが良いから、私はこの決定に賛成した。契約社員の責任者は翌年任期満了で解雇された。
今回ニューラルネットの展示はなかつた。それはそのはずで、各社とも極秘の部分だ。市販のニューラルネットを安直に搭載して自動運転ができる筈がない。

一月二十一日(木) 三割、三倍、十倍の原理
ここ十年ほどは云はなくなつたが、その前に私はよく「三割、三倍、十倍」と云ふことがあつた。私は普通の人より三割は仕事が速いし、新たに学ぶときは三倍速いし、人に教へるときは十倍効率よく教へることができるといふ意味だ。
仕事が三割速いといふのは控へ目の数値で、方法の開発だつたら十倍速いこともあるし、逆に定型業務だつたら一倍の場合もある。平均すれば五割速いとは思ふが、あまり大きく云つて五割余分に仕事が来るといけないので、三割増しにしておいた。

会社の戦略として、新しい技術を私が学び、それを社内で教へて技術者を育成し新規技術で他社が追い付く前に稼いでしまはう。このような提案を度々したが、採用されることはなかつた。ニューラルネットを私がまづ学んで理学博士に教へたのは、この方法が有効に生きた唯一の例となつた。
私がニューラルネットを続けても頭打ちになる。理学博士が担当すればどこまでも伸びる。一方で理学博士が最初から学んでも膨大な時間が掛かる。丁度船が出港するときにボートで引つ張るが、一旦外洋に出ればあとは高速で自走するのに似てゐる。

一月二十二日(金) VIP休憩コーナー
私がVIP休憩コーナーに入るのは十数年ぶりだ。ボタンを押すとコーヒーの出る卓上器とウーロン茶の卓上器の下の白い布がそれぞれ茶色に直径30cmで濡れてゐた。多人数が利用するとはいへ、もつと丁寧に扱ふべきだ。さういふ目でVIP休憩コーナー内を見ると、VIPに値しない人もずいぶんゐるようだ。
セミナーの人数合はせでVIP招待券を乱発したのかも知れない。セミナーの終つた後にVIP受付が混雑した。(完)


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