四百五十二、朝のテレビ小説「あまちゃん」(その二、昔ながらの漁村と下町の家屋)


平成25年
七月二十七日(土)「テンポの速さ」
今日は朝の放送を観た。これで二回目である。一回目のときは総集編を観た直後だつたのでテンポの遅さを感じだが、今日はテンポの速さを感じた。アキが芸能プロをクビになつたところに春子が上京し寿司屋に現れるといふ急展開の場面であつた。
テレビに映るGMTの宿舎を初めて観た。私が子供のころ住んでゐた家と400mしか離れてゐない。なつかしかつたがその理由は家が近いためではない。昔のアパートはかういふ造りだつた。玄関で履物を脱ぐ。木造の廊下と階段。昭和六十年代まではかういふアパートが多かつた。(このときは総集編一回と本放送二回を観ただけだからアパートかと思つたが実際は民家だつたがそれは後日の話である)

七月二十七日(土)その二「銭湯を探せ」
昼の再放送も観てみた。一週間ぶりのため一回では判らない部分がある。岩手物産展から帰つたヒロシは春子から様子を聞かれ、寮に風呂がなく銭湯は高いのでスタジオでシヤワーを浴びてゐると話した。とはいへ銭湯にもときどきは行くだらう。谷中の寮から一番近い銭湯は山の湯である。実は私も高校二年で引つ越すまではよく山の湯に行つた。距離にして寮から450mである。
アメ横のスタジオから寮に帰るときは、自転車でおそらく不忍池の東側から根津と谷中の区境を通りあかじ坂を上がるから、途中に六龍鉱泉がある。スタジオから800m、寮までも800mである。
十五週の「おらの仁義なき戦い」ではあかじ坂を自転車で下る場面が放送されたさうだ。私は残念なことに観なかつたが。

七月二十八日(日)「アイドルの顔が始めて判つてよかつた」
私はアイドルフアンの世代よりは年上だから、小泉今日子の愛称がキョンキョンといふらしいといふことくらいしか知らない。小泉純一郎の顔は知つてゐても小泉今日子の顔は知らなかつた。今回顔が判つてよかつた。
同じように薬師丸ひろ子も名前は聞いたが誰だか知らなかつた。こちらも判つてよかつた。

ここが中高年の男性フアンと異なるところである。あとやたらと登場人物が離婚を繰り返したり、夏と春子の母娘がいがみあつたり、アキと先輩の恋愛騒動も違和感を感じたが、軽快な笑ひと昔ながらの漁村と下町の家屋が打ち消した。

七月二十九日(月)「岩手物産展の広場を探せ」
アキたちは岩手物産展に出展する安部とヒロシを手伝ひながらアイドルグループの売り込み活動をする。その広場を見てじぇじぇじぇ、どこだか判らない。上野にあのような広場はないはずだ。インターネツトで調べると松坂屋上野店の後方に昨年出来たさうだ。
ダイジエスト版では放映されなかつたが、ちらしに「八階催事場で開催」と書かれてゐる。松坂屋上野店は本館と南館があり、昔は両方とも八階は屋上だつた。その後、本館は八階を増築し売り場になつた。
今から二十年近く前に妻の妹一家が旅行で東京に来た。上野で待ち合はせて松坂屋の屋上に行つた。そのとき幼稚園くらいだつた甥と姪も、上は就職、下は岩手大学の四年生になつた。岩手大学のある盛岡では「じぇじぇじぇ」ではなく「じゃじゃじゃ」となるらしい。

七月三十日(火)「宮沢賢治と天野アキの交差地点を探せ」
アキの祖父忠兵衛が登場する場面では宮沢賢治作曲の「星めぐりの歌」が流れる。他にも一回あり全部で三回あるさうだ。YoutubeではNHKの著作権の関係で静止画で忠兵衛の声の低音がカツトされてゐるが聴くことができる。映画「男はつらいよ」でもこのような雰囲気の曲が流れることがある。フアとシのない音階で、日本人はこの音階に懐かしさを感じる。
宮沢賢治は東京菊坂に下宿し上野図書館や上野桜木町の国柱会(分裂前)に通つた。東西の道である。天野アキはアメ横スタジオと寮の間を通つた。南北の道である。二つの道がどこで交差するかを調べよう。
賢治が下宿先から国柱会に行くときは本郷三丁目から春日通りを東に行き途中左に折れて不忍池の南端に出る。もし市電に乗つても上野広小路で降りて南端の方向へ歩く。アキとはABABの前で交差する。
文信社で仕事をした後に行くときと、下宿からでも図書館に行くときは向丘弥生町で東に曲がり坂を下つて根津を通り谷中で右に折れて上野公園に向ふ。
アキは「銭湯を探せ」で紹介したやうに不忍池の東側の道路を自転車で走るが、夜が遅いときは西側を走るかも知れない。東側のときは言問通りの区界で交差、西側のときは赤札堂根津店の前が交差地点になる。
賢治とアキにそれぞれ二つのルートがあるのに四か所にならない理由は、アキのルートはABABの前で二つに分かれるためである。

七月三十一日(水)「じぇじぇじぇー展Part2」
寿司屋の撮影は神田で行はれたが、上野にあるといふ設定である。GMTの寮の外観は谷中の建物だが、撮影だけではなく実際に谷中といふ設定だと思ふ。それが実証された。
NHKの放送センターで「あまちゃん じぇじぇじぇー展Part2」が七月十七日から30日まで開催された。私も見に行つた。舞台セツトの設計図が展示されてゐた。寮の設計図には「谷中寮」と書かれてゐた。
北三陸鉄道の駅舎のセツトもあつた。あの「潮騒のメモリーズ」の看板もあつた。あの看板と「じぇじぇじぇ」が「あまちゃん」の人気の出た理由であらう。
帰りにふれあいホールに寄り、昔の録画された放送(アーカイブ)を観た。昭和四十三年に放送された新日本紀行「伊勢志摩」編で伊勢神宮、水族館、志摩の海女、真珠から構成され、そのうちの海女の部分だけを観た。全国に一万二千人海女がゐてそのうち志摩には七千人。船で沖に出る海女と沿岸で採る海女がゐて、沖に出るのはベテラン。一回の仕事でわかめを桶に一杯採ると千円、あわびを採ると一万円の収入になる。このような内容だつた。
昭和四十二年の千円は今なら一万円に相当する。一万円なら十万円である。その後の円高が全国各地の産業を駄目にした。安倍政権が円安に誘導したのはよいことだ。しかし円安は輸出促進のためではない。輸出を増やせば再び円高になる。経常収支は増やさず円安にする。これが日本再生の鍵である。
昨年岩手大学農学部の教授と話をしたのだが、将来の職業を考へて農学部に進まないと就職が厳しいさうだ。やはり輸出系は給料がよく農機関係がよく、農協は給料が安い。かうなつた原因は円高である。貿易は国を豊かにするためにある。昭和五十年以降の貿易は国を壊す作用をした。円安で農林水産業を復活させるべきだ。

八月一日(木)「視聴率50%か」
TBSのドラマ「半沢直樹」の視聴率が22.9%で「あまちゃん」の22.6%を抜いたといふ記事が載つた。しかし「あまちゃん」の数字は朝八時からの分だ。昼に再放送があるし、日曜には五分間と二十分間のダイジェスト版がある。私は土曜の一回と日曜のダイジエスト版しか観ない。おそらくサラリーマンにはさういふ人が多いはずだ。
それらを加味すれば「あまちゃん」の視聴率は50%といふ説もある。私もそれくらい行くと思ふ。


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