三百五十二、ミヤンマーの僧侶の説法((1)アナータピンデイカ、(2)宮沢賢治の童話の源流)


平成25年
一月二十日(日)「ミヤンマーの僧侶による勉強会」
ミヤンマーに帰国中だつた僧侶が日本に戻つてきて、一月度の勉強会が開かれた。本日はダンマパダのアナータピンデイカといふ長者の話である。アナータピンデイカは祇園精舎の施主であり、毎日三回僧院に行き、朝はお粥、昼は豊かな食べ物と薬、夜は花や線香をもって行つた。そのうちアナータピンデイカの財力が傾いたが預流果なので不安にはならなかつた。ところがアナータピンデイカの家の門に住む守護霊が不安になつた。

一月二十二日(火)「守護霊」
この守護霊は家族とともに門に住んでゐる。しかしアナータピンデイカが貧しくなると住む場所がなくなる。そこで人間の姿で現れ、アナータピンデイカに言つた。布施を止めて商売に精を出せば前みたいに裕福になると。アナータピンデイカは守護霊に出て行くよう言つた。守護霊は住む場所を失つた。門に戻りたかつたがアナータピンデイカが怖くて戻れなかつた。帝釈天に相談し、アナータピンデイカが貸したカネで返してもらつてゐないものと、アナータピンデイカの先祖が埋めて海に流されたカネがあることを教へ、神通力でこれらを探して取り戻しアナータピンデイカの部屋を埋めて信用を回復するやう助言した。守護霊はそれを実行した。アナータピンデイカは守護霊を釈尊のところに連れて行きアナータピンデイカは預流果になつた。

これについて一旦休憩の後の質問の時間に、守護霊にも神通力があるのかといふ質問に対して守護霊は天界だが修羅界にも属することがあるし、神通力も完全ではなく帝釈天の助言があつたから完遂できたといふ回答であつた。

一月二十七日(日)「ミヤンマーの村々」
このほか、次のような話があつた。
・ミヤンマーの村によつては、今でも朝と昼は食事、夜は花や線香を持つて寺に行く。アナータピンデイカを参考にしたのではないか
・アナータピンデイカの財力が傾いたときに、釈尊や家の周りに布施する内容も貧しくなつたがこれについて、釈尊が過去にすべての人に布施したが皆は五戒を守らなかつた、あなたはきれいな心で釈尊などに布施してゐるから、貧しい物を布施しても受け側がどれだけ戒を守るか、きれいな心でいるかで決まる

質問の時間に、私はミヤンマーが独立したときに瞑想を国民に推奨した件を質問した。ウーヌー首相が、仏教を世界に広めようとして瞑想を進めたさうだ。
ミヤンマーの比丘のうち戒律を守るのばどのくらいの割合かといふ質問もあつた。ミヤンマーには五十万人の比丘がゐるが七割は戒律を守るだらうといふことだつた。これは残りの三割が守らないといふことではない。重大な戒律に違反すると、本人は告白しなくても噂が広まり寺院にゐられなくなるし、信者からも噂をされるし、宗教省からも取り締まりを受けるからだ。
木には守護霊がゐるかといふ質問もあつた。木を切るときは神の許可を得てからといふ人もゐる。或る高僧は僧院を増築するため木を切る決定をしたが、夢に神が現れて切らないよう告げた。既に僧院の増築は決まつてゐたので木を切つた。その日の夢にも神が現れた。後にその高僧は病気で亡くなつた。
宮沢賢治の童話にも木の霊が出てくる。動物たちも出てくる。宮沢賢治の作品の根源は日蓮ではなく、日蓮を経由して法華経、更には法華経を経由して釈迦の時代そのものだつたのではないかと改めて感じた。

勉強会の始まる前はミヤンマーの人たちが僧侶に相談してゐた。そのうちの一人の女性は幼稚園に入る前あたりの子供にミヤンマー語で話し、次に日本語でも「お腹空いた?」と話し掛けてゐた。僧侶は在日ミヤンマー人の異国の地で暮らすための貴重な心の支へである。(完)


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