三百五十一、坪井義明氏著「ヴェトナム新時代」を読んで


平成25年
一月十八日(金)「この書籍の問題点」
坪井義明著「ヴェトナム新時代」を読んだ。まづ感じたことは、この書籍はヴェトナムについて詳しく書かれてゐるし決して反ベトナム的でもない、しかし問題点がある。それは「ホーチミンが生涯を通じて一番価値を置いたものは、共和国の価値ではないか」の部分である。共和国とはフランスのことである。だから「理論的な根拠としたものが、フランス革命の「自由、平等、博愛」という共和国のシンボルだった」と続く。

一月十九日(土)「第一次インドシナ戦争」
昭和二十年九月二日ホーチミンは独立を宣言する。同二十三日フランス軍がヴェトナム南部に戻り第一次インドシナ戦争が始まつた。九年後フランス軍のディエンビェンフー要塞は陥落、北緯十七度を境に南北が独立した。
以上の経過を見れば明らかなように、ホーチミンが親フランスであるはずがないし、親西洋であるはずもない。それは坪井氏も次のように認めてゐる。
階級闘争が主流だったマルクス・レーニン主義に基づく国際共産主義運動の中にあって、ホーチミンはいつも「民族独立」という民族解放闘争重視の考え方を表明していた。このため、とくに階級闘争史観が強く主張された一九二八-三五年の時期には、階級より民族を重視する「左翼プチブル主義者」とみなされて、コミンテルンの内部では主流からはずされていた。

ここまでは正しい。しかしこれに続く
三五年第七回コミンテルン大会で「人民戦線」戦術が採択されて、ナチズムに対しては広い階級・階層が団結する必要があるとして「階級闘争」が前面より後退したので、復活が可能になったのである。

レーニンが死んだ後にスターリンによつてソ連は変つてしまつた。だから自国の都合、更にはスターリンの権力維持の都合しか考えない。広大な植民地を持つイギリス、フランスはソ連に戦争を仕掛ける訳ではない。正しく言へば革命直後はソ連に出兵して干渉したがその時期は終つた。第二次世界大戦でなぜ同盟国側の残忍さが目立つかと言へば、連合国側は同じ事を既に行なひ終り、この時期は平和といふ名の植民地維持に傾いたからだ。ホーチミンは連合国側も同盟国側も帝国主義には反対の立場である。坪井氏はそれを改変しようとした。
この書籍が出版されたのは平成二十年。坪井義明氏の主張は、日本の問題点を凝縮したものである。つまり自民党と社会党が争つた五五年体制が崩れ、その結果政治屋やマスコミはすべてが拝米、拝西洋になつた。国民感情としては行き場がなくなつたから右翼言動に人気が出る。それを防ぐには日本の独立を守る路線に戻ることだ。

一月十九日(土)その二「ホーチミン思想」
ヴェトナム共産党は一九九一年にホーチミン思想を「党の思想的基盤、行動の指針」として党規約に明記した。ホーチミン思想について党の公式見解は「マルクス・レーニン主義の創造的適用」であり、それは民族独立を重視することがヴェトナムでは正統的なものだつたと評価することだと坪井氏は推測してゐる。私も同意見である。坪井氏は重視するもう一つの側面として
「ヴェトナムの民族的な文化伝統」を思想の源泉の一つとして継承しているという点がある。すなわち、儒教、仏教、道教、民俗文化などの伝統を主体的に摂取して、「ホーチミン思想」を形成する重要な一部としたとするものである。これは、共産党の伝統文化に対する考え方を一八〇度変える解釈である。というのも、従来のマルクス・レーニン主義の「正統な」解釈としては、「ヴェトナムの民族的な文化伝統」という要素は否定的に捉えられてきたからである。

ここまでは100%賛成である。しかし坪井氏はその理由として八〇年代末から宗教政策が緩和されたことと絡めて
共産党は「ホーチミン思想」には民族的文化伝統を継承している側面があることを強調することで、従来の宗教や伝統文化に対する否定的な見方を謝罪なしに変更したといえよう。ここにも、「共産党は、常に正しく間違ったことはしていない」という無謬神話が生きている。

この坪井氏の見解には100%反対である。共産党は国民の生活を安定させるには宗教や伝統文化が必要だと気が付いたといふことだ。ヴェトナム国民に取り実に喜ばしいことである。ところが坪井氏は西洋から見た共産党批判に陥つた。それでは日米は自由、民主主義の共通の価値観を有するとわめきたてる国売り新聞(自称、読売新聞)や文化破壊(自称進歩派)の朝日新聞と何ら変らない。

一月二十五日(金)「第二次インドシナ戦争」
フランスが撤退した後に起きた第二次インドシナ戦争は今から考へればまつたく無駄な戦争であつた。しかし当時の北ベトナムが悪いのではない。北ベトナム、アメリカ、南ベトナムの三者すべての責任である。南ベトナムの独裁や仏教弾圧は酷かつたし、アメリカの枯葉作戦は決定的に悪い。だから日本国内では多くの人がアメリカを帝国主義だと批判したし、そこまで非難しない人もベトナムの平和を主張した。
あの戦争は米ソ対立の代理戦争であつた。もし人類がベトナム戦争を反省するとすれば西洋近代思想を正しいと信じたことだ。米ソ対立が終はつた途端にアメリカが正しくて西洋以外の政治形態は駄目だといふ奇妙な思想が出てきた。その流れでホーチミンを批判してはいけない。西洋近代思想こそ地球を滅ぼす悪魔の思想なのだから。

一月二十七日(日)「西洋近代思想の不平衡」
西洋の世界植民地化と、米ソ対立と、その後のグローバルと称する不安定な世界と、地球温暖化。これらは皆、西洋思想の近代化が平衡に達しないために起きた現象である。しかし一番最後の地球温暖化は二度と平衡することはないと思ふ。つまりこのままでは人類は滅びるしかない。
マルクスが現れたのも第二次インドシナ戦争が起きたのもすべて西洋近代思想のせいである。人類は批判する矛先を間違へてはいけない。(完)


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