三千二百二十七(うた)神戸奈良大阪旅行記、二日目
丙午(西洋地球破壊人歴2026)年
六月五日(金)
本日は早朝に、と云っても明るくなってからだが、ガス灯通り一帯とタワー、クルーズ乗り場を観た。明るくなってから、と書いたのは、会津へ旅行した時は暗いうちに散策したことがあった。
対岸に、JR西日本のビルと川崎重工の工場が並ぶ。或いは国鉄工場跡地かと調べると、湊川駅の跡地だった。

  
川崎重工とJR西日本が並ぶ              港の先端、対岸には船が                塔と客船乗り場

朝食後にホテルをチェックアウトし、高速神戸から大阪難波まで乗った。昨日夕方は元町商店街まで行ったときに、本日の下調べを兼ねて西元町の料金表、高速鉄道から乗ると140円高くなることを調べてあった。それでも高速神戸から乗ったのは、三ノ宮商店街は昨夕に行ったので、本日も行くと二番煎じになるし、足が疲れた。昨日は、それほど歩いてはゐないのに、今朝になっても足が回復しなかった。その割には早朝に、レンガ倉庫や客船乗り場へ行ったが。
草枕新幹線にくつろぎて移り変はりに飽きは無く 般若のお湯に極楽の旅

反歌  昨日から今日も残れる疲れには酒か荷物か長さの潜む
--------------------------ここから「いろは亭、浪曲と古典芸能五十二」----------------------------
難波では、開店前なので、難波の飲食街、道具通り、吉本関係の建物群、道頓堀の大きな看板、法善寺横丁と法善寺、を観て廻った。十時を過ぎてから大阪上方演芸資料館、別名ワッハ上方へ行った。丁度、浪曲の特別展をしてはりました。なぜ突然、大阪ことばになるのや。
「いろは亭、浪曲と古典芸能五十一」 「いろは亭、浪曲と古典芸能五十三」
--------------------------ここまで「いろは亭、浪曲と古典芸能五十二」----------------------------
大阪難波駅から近鉄に乗り、大和西大寺で降りま。今や絶滅寸前の、特別天然記念物ほっかほっか亭で、昼食を買ひ、西大寺門前で食べた。西大寺境内を一通り観た。

  
真言律宗総本山西大寺向かひの付属神社                                   西大寺入口

ここで、混み方が一変した。近鉄奈良で降りると、改札内外が混む。
改札の内外ともに混み集ふ 近鉄奈良は内外の近き遠きの歓喜の渦に

反歌  異人街難波と奈良と京都へは東西からの遠来の人
ならまちを観て廻った。このあとJRで京都まで乗った。駅を一旦出て、駅の混雑ぶりを観たあと、帰路の切符で、二日目の宿泊地大津まで乗らうとしたらエラーになった。本日は、京都から大津まで。そこで一泊し、明日は関東へ戻る。切符を、明日からで買ってあった。
京都から大津は200円。Suicaで入場し、大津一泊後に京都へ戻るか、或いはそのまま米原方面へ進むか。京都へ戻っても混んでゐるし、米原へ進むと200円が無駄になる。みどりの窓口は二十二人待ちだった。案内の駅員に、話せる券売機みたいなものがJR西にもありますか、と訊くと地下の東口にあると云ふ。地下一階まで行ったが東口が分からない。別の駅員に訊いて、地下二階へ行った。
みどりの券売機プラスが六台くらいあり、二つ空いてゐる。八人待ちだが思ったより早かった。平日の午後四時だが、JR東より人数が多いな。四人かな。乗車券を、無事今日からに変更できた。後ろを振り向くと、三人ほど行列ができた。
近江に泊まるのは三回目だ(一回目二回目)。二回目は大津に宿泊したが、そのときはびわこ浜大津だったので、琵琶湖近くで、京阪石山線の近くで、三井寺の近く。県庁所在地の面影が無かった。
それどころか、一回目の近江八幡の印象が強く、泊まったホテルの先にあるJRを潜る車道と歩道の在る地下道を潜ると、前に宿泊した宿が近いかな、と思ってしまった。あれは近江八幡の話だった。
前に来し近江八幡泊まり宿 ホテルと云ふも昭和の世いそ年辺り香りあり 心に残り今蘇る

反歌  八幡はお宮に堀と山城に水郷巡り飽きること無し
明日の朝食は、千円なのでホテルで食べることにした。夕食は、線路反対側駅近にあるスーパーで買った。

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