三千二百二十七(うた)神戸奈良大阪旅行記、一日目
丙午(西洋地球破壊人歴2026)年
六月四日(木)
妻が、親戚二人と二泊三日の旅行へ出掛けた。その間は、母を短期宿泊施設に預ける。それを利用して、小生も二泊三日の旅へ出掛けた。
母と妻本人までも別の旅偶の息抜き常時極楽

妻は、親戚との待ち合はせがあり、早く出掛けた。小生は、母を十時半に送り出してから、新幹線で新神戸まで行った。新神戸から徒歩で、北野異人街を通ったあと乗車券の残りで、三ノ宮から神戸まで乗り、ホテルへたどり着いた。切符の残りについて解説すると、神戸市内までなので、新神戸で降りたあと切符が機械から戻り、歩いたあと在来線に、三ノ宮から神戸まで、乗ることができた。
ホテルで荷物を置いたあと、湊川跡へ行った。明治三十年から三十四年迄、天井川だった湊川の、付け替へ工事が行はれた。旧河道に、新開地商店街と公園が造られた。神戸駅前から多聞通りを、新開地へ向かひ歩くと、商店街の門がある。
一つ目は無視して、多聞通りをさらに進むと、また門がある。あとで気付いたが、アーケードとは異なる。門だけの、見掛け倒しだ。そのときは気付かず、新開商店街より手前ではあるが、試しに進むと、とんでもない通りだった。二週間前にたまたま歩いた東京の吉原と同じで、ソープが並ぶ。一本先は新開地商店街だと分かってゐるので、そのまま左折して、目的の道へ戻った。
大問題なのは、多聞通りに目立つ門があることだ。多門とは、楠木正成の幼少期の名(多門丸)だ。或いは先の戦争に於いて、第一航空艦隊第二航空戦隊の司令官として、ミッドウェイ海戦で旗艦飛龍と運命を共にした山口多門だ。
神戸市役所は、商店街ではない怪しげな通りの、ましてや多門通りに面した位置にある、誤解を招く看板を撤去させるべきだ。新開地商店街を抜けて、湊川公園入口にある楠木正成像を観た。帰りに、寄席を外から見た。少し待てば開場するが、疲れて観る元気が残らなかった。

  
元町商店街から横の道                走水神社本殿                    本殿の左入る

帰りに、スーパーで夕食と明日の朝食を買った。ホテルへ戻ったあと、元町商店街を散策した。途中で南京町があったので、これも散策した。南京町は二回目である。一回目は、専門学校教師時代か、或いは結婚した翌年辺りだ。

  
神戸の落語寄席                   近くの寄席跡                    湊川神社

南京町の中華と異なるゲーム店が、何店か進出する。とは云へ、高校生くらいの集客になるので、これはよいのかな。南京東路の裏側に位置する長春街と九龍街が寂れる。市民お手洗ひの臥龍殿は、周囲と調和した秀作である。
横浜も南京町と呼ばれたが 戦後十年新しく善隣門に市役所は中華街と書き入れて その名広まり今へと至る

反歌  ゲーム店高校生で賑はうも周りの店に波及はするや

  
南京町                                                 臥龍殿(公衆お手洗ひ)

  
                          時間が戻るが、三ノ宮駅近くにて

今日は、足が疲れて、それが全身に波及した。(一)新神戸から異人街経由三ノ宮が1.9Km、(二)ホテルから元町商店街と南京町が往復3Km。それほどの距離ではないのに疲れたのは、加齢による足の衰へか。それより上記(一)は荷物を持って歩いたことが大きい。

  
元町商店街へ行く途中(線路のすぐ隣)         スーパーで買った酒は精米割合65%で218円+税とお買ひ得だったが、味が合はなかった



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