三千二百十二(うた)短編物語(宇都宮の強盗殺人から、宗教組織の害を考へる)
丙午(西洋地球破壊人歴2026)年
五月十八日(月)
第一部 組織の罠
栃木県の農村地帯で発生した、ナイフめった刺し強盗殺人事件は、日本中を震撼させた。実行犯は、高校生四名、指示役は二十代後半の夫婦。いづれも神奈川県に住む。指示役の男は、出国直前に羽田空港で身柄拘束された。
永禅和尚、良寛和尚、石原莞爾のAI三名はまづ、命令どほりに動く人間の恐ろしさを語り合った。次に、命令どほりに動く典型として、軍隊組織を石原が解説したあと、宗教組織について、三人が話し合った。なを三人は普段、宗教の語を使はずに神仏信仰と呼ぶが、今回は悪い意味なので、三人とも宗教組織の語を用ゐた。
思へば、永禅和尚は律宗の組織を、良寛和尚は曹洞宗の組織を、石原莞爾は陸軍の組織を、それぞれはみ出した。組織嫌ひについては定評があった。
組織からはみ出し組の三人が集ひ話せば内容は濃し
第二部 非常識な数字稼ぎ
永禅和尚が、南伝仏法の止観専門僧が短期間日本へ来たのに、或る宗派の寺組織(xx講何々寺支部と称する)に所属する人が、指導会へ妨害に来た話をした(クムダサヤドーの日帰り瞑想会へ)。永禅和尚は、南伝仏法と関係が深かった。
妨害の目的は、あの宗派の管長が無理な布教目標を掲げ、それぞれのお寺に割り当てたから、無理な行動があちこちに起きたことを話した。
あの宗派では最初に、今でも国立戒壇を掲げる信徒団体が除名になった。二番目に、最大の信徒数の団体に反対する人たちが除名になった。三番目に、最大の信徒数の団体が除名になった。そのため宗派では、無理な布教で人数合はせをしようとした。寺所属の団体が、一番無理な布教をするやうになった。
国立戒壇を掲げる団体が一番強硬に見えるが、との意見に、あの団体は駅前で新聞を通行人に掲示するだけで、こちらから話しかけなければ無害だ、とやり取りがあった。
広めるは社会と相手を思ふにて組織の数字悪魔の手先
第三部 石原莞爾は発言せず
石原莞爾は、田中智学が亡くなったあと、智学の子供三人が、国柱会、立憲養正会、日本国体学会、に分裂した苦い記憶が蘇った。また国立戒壇は、そもそも田中智学が云ひ始めたことをあの宗派も主張し出したことだし、国柱会と関係が深かったお寺は、あの宗派の本山と、元々は兄弟寺で、距離も道路で3Kmしか離れてゐない。
田中智学は、三保に最勝閣を建てた。国立戒壇の前段階として機能する筈だったが、港湾工事で周りを埋め立てられ、廃止せざる得なくなった。
石原自身は、昭和二十四年に亡くなったときに、国柱会系と縁が切れて、今は良寛和尚と同じく無宗派で止観を行ふので、最初に陸軍の話をしただけで、あとは専ら聞き役だった。
分裂と三保の敗退蘇る石原今も苦き思ひ出
第四部 神仏信仰は、地域全体が望ましい
組織は、栃木県の強盗殺人事件のやうに命令を正しいものと思はせる魔力がある。だから、組織で信仰してはいけない。これが三人の一致した意見になった。
とは云へ、個人だと活性度が下がるし、間違った方向へ行かないとも限らない。日本の、参拝者が多いお寺や神社のやうに、地域全体、社会全体で信仰するのが、一番良い。これも、三人の一致した意見だった。
上からは強制されず 社会との調和に依りて神仏を保つ姿は既に極楽
反歌
それぞれの神々とても組織には属さざる故天界となる(終)
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