三千二百六(朗詠のうた)多田駿自宅近く訪問記と鉄道
丙午(西洋地球破壊人歴2026)年
五月十三日(水)
今回の旅行は、電車が7分遅れて、幸先の悪い開始となった。前を走る電車で具合の悪い乗客が出た。乗り継ぎが出来なかったものの、途中の乗り換えは10分待ち程度で順調だった。ところが君津で、後続が30分待ちで、目的の駅は、十時半に着くはずだったのに、十一時半に着いた。30分待ちなのに、なぜ到着が1時間遅れるかを考へると、途中に何回かの乗り換へで10分程度待った。それが累積した。
昼食を外で食べるのは、塩分が濃すぎるし、添加物に何を使った食材か分からない。だから専ら、弁当を持って出かける。君津で三十分の待ち時間に酒を買はうとしたが、コーヒー等の自販機しかない。改札に訊いたら、改札脇の売店なら行ってよいさうだ。早速行って、焼酎甲類カップ25%、220円を買った。これは、味xx、値段◎、アルコール度◎。総合評価は△と、結果が分かってゐて買った。
次の館山方面は、東京方面のホームに着く。東京方面の電車も出るので、或る程度の人が待つ。そこで、館山方面のホームで、ベンチに座り、酒を飲みながら昼食をゆったりと食べた。外食より、かう云ふ食べ方のほうが、ゆったり出来てよい。電車が遅れなければ、かう云ふ過ごし方はできなかった。
一つ気付いたことがある。館山方面の時刻表が、館山方面のホームにしかない。普通はそれで問題ない。しかし、東京方面のホームに発着するなら、東京方面のホームにも必要だ。類似した問題点が、蘇我でもあった。この駅から発車する電車の時刻表はあるが、内房線は君津までだ。そこから先へ行く時刻表が無い。みどりの窓口にしかないだらう。
似た話に、十年前の新潟駅でもあった。新潟に一泊し、朝六時くらいにコンビニへ朝食を買ひに行くついでに、駅で時刻を調べようとした。ところが、時刻表が無い。みどりの窓口は、開業前だった。
館山方面の電車は、二両編成で座席の五割が埋まる程度の混み方だった。これなら一時間に一本よりも、増やしても採算は合ふ。今は内房線と外房線を直通させて、上総一ノ宮行きだ。これだと安房鴨川に近い辺りは空くから、全体の乗車率は低くなる。館山行きを増やせばよいではないか。JRの都合で直通運転をするなら(途中駅の要員削減)、削減した費用で乗車率の低さを補へる筈だ。
煙突群は、内房線で魅力のある車窓の一つだ。インターネットで検索すると、途中下車するなら云々の記事が幾つもある。しかし今は、これが出来ない。内房線、外房線は全線が東京近郊区間内の為だ。小生の中旅行(日帰り旅行)に東海道新幹線ばかりなのは、それが原因だ。今回は、多田さん所縁の地を訪ねる目的があるため、特別だった。
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今回の旅行では、岩井駅に停車するときに、小学校五年(昭和四十年)の臨海学校を思ひ出した。往復とも蒸気機関車が牽引した。往路は館山行きだった。
鉄の道昔懐かし幾そとせ経たるののちは 見る物が無くなり今や景色親しむ
反歌
館山は岩井と並び懐かしき思ひを持ちてななそとせ経つ
インターネットで調べると、昭和二十九(1954)年に1往復を除き、全列車が気動車化。1時間間隔のパターンダイヤを導入、とある。臨海学校は往復ともSL牽引だから、この一往復とは考へられない。臨時列車であらう。
更に調べると、昭和四十四年館山駅行き135列車蒸気機関車牽引の旅客列車の定期運用がなくなる、とある。135列車について調べると、新宿15:38、秋葉原、錦糸町、新小岩、市川、船橋、津田沼、千葉、蘇我・・・館山19:32。新宿両国間が、電車専用線では無かったことは、初めて知った。お召列車が走ったことがあるが、あれは特別だと思った。
旅に出て新た知ること前及び後に出会ふも草枕かな(終)
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