三千二百二十(うた)都営一日乗車券で、新宿港江東江戸川巡り
丙午(西洋地球破壊人歴2026)年
五月二十七日(水)
朝から夕方まで、都営一日乗車券で、新宿港江東江戸川の各区を巡った。都電で、学習院下まで。都バスに乗り新宿伊勢丹で降りた。予定では、新宿駅から大江戸線に乗る筈だったが、新宿三丁目駅から都営地下鉄新宿線で新宿まで、ここで大江戸線に乗り換へて西新宿五丁目で降りた。地上に出て路上の地図を見て、六十五歳の再雇用終了まで勤めた会社が近いので驚いた。
予定では豊島園まで行く筈だったがこれは中止し、代々木で降りた。前方と後方の出入り口が、JRの二つの出入り口とも対応してゐた。
次に、国立競技場で降りた。昨年、下の子が結婚式を挙げた明治記念館がすぐだ。記念館より更に近い絵画館は休館中だ。国立競技場は目の前、東京体育館は遠景だけ見て、駅に戻った。
汐留は、地上に上がったところのベンチで昼食を食べた。スマホの地図でイタリア公園を調べ行ったら、シオサイトの中の公園と云ふより半分は昼食販売車の駐車場だった。駅近くの地図で間違ひが分かったが、再度行く元気が無かった。本日は暑い。
次は、築地市場。新橋演舞場の前まで行き、本日は休場日で、切符売り場のみ開いてゐた。その次は森下。昔は都電36番の築地から水天宮経由錦糸町駅前までと、23番月島から新佃島、柳島経由、福神橋行きが、森下町で交差した。地図に、高橋夜店通りがあるので見に行った。高橋は、たかばし、と読む。
たかばしとばらきなかやまおおじまは音が濁る土下総にあり

アーケードが道の両側に連続し、小道との交差部は屋根が高くなってゐる。中央に二車線の車道があるのに、かう云ふ完全なアーケードは、今や貴重だ。
ここで何と、10円ゲーム機を見つけた。余りの感動に、アーケードの写真を撮り忘れた。

  
高橋で見付けた10円ゲーム機             その一                       その二

その次は菊川。三つ目通りと交差するが、三つ目通りは昔も都電はなかった。36番森下町の次が、菊川一丁目、その次が菊川二丁目。三つ目通りは、日暮里から晴海ふ頭までの都バスに何回か乗ったので、思ひ出がある。都バス78番。昭和47年に里12番に改称。昭和51年廃止。三つ目通りは、新橋から業平橋の業10も走る。元の33番。何だか、乗り物の話ばかりになってきた。
ここでも発見があった。長谷川平蔵及び遠山金四郎の、屋敷跡である。

  
二人の屋敷跡                                              前回の写真に場所の関係で移動した、その三

次は住吉で下車した。最初の地下鉄計画段階では、駅名が深川住吉町だった。深川住吉町が終点で、後に大島に延び、更に東大島に延びた。都電の停留所時代は、住吉町二丁目。都庁前から日本橋、茅場町を経由し、東陽公園を左折し錦糸町駅前へ行く28番に、前述の36番が交差点を左折して、合流した。錦糸町から来れば、分岐して右折。
次は、一の江まで降りなかった。一の江はバス停の構造が複雑で、最初はまったく分からなかった。交通会館の表側と裏側に、系統別のバス停がある。交通会館は有楽町にある。錦糸町の江東デパート、有楽町の線路反対側にあった都庁内の交通局とともに、都電の緊急電話網に含まれてゐた。
緊急電話とは、旧国鉄の鉄道電話と同じで、呼び方だけ異なる。都電トロリーバスの営業所派出所操車所信号塔工場、都営地下鉄の検車区駅を結んだ。
その交通会館が、一の江にもあるとは驚きだ。帰宅後に調べると所有建物は、交通会館一之江ビル、交通会館瑞江ビル・瑞江ビルアネックス、交通会館篠崎ビル、が載る。有楽町はどうなったのか調べると、株式会社東京交通会館は本社所在地が千代田区有楽町二丁目10番1号。なるほど有楽町のビルは本社があり、更に賃貸でパスポートセンターや店舗医院事務所がある。そして江戸川区に幾つか所有するのだった。主要株主は、三菱地所と東京都交通局。今まで、交通会館は交通局の直営だと思ってゐた。
この時点で、交通会館一之江ビルは、旧無軌条電車今井営業所の跡地だと思った。しかし表側の様子が変だ。かつて、今井営業所から終点の今井までは緩い上り坂だった。しかも終点から営業所までは、架線が複単線だった。つまり、終点でU字型に折り返す架線と、終点から始まって車庫へ入庫する線があった。終点でポールを付け替へれば、車庫前で停車せずに入庫できる。
複単線で架線を張る距離なのに、路上端の案内図では、終点まで400mある。これは、実際に歩いて解決した。目の前の橋の奥に、別の橋がある。別の橋が江戸川に掛かる今井橋、目の前は新中川に掛かる瑞江大橋だ。かつて今井橋の手前は、釣り船業者や釣り道具店があった。これらは、瑞江大橋の手前からは見えない為に、時代が変はったか、と早合点したが、今井橋の手前には見えた。とは云へ、今井橋は新大橋通と繋がり、かつてトロリーバスの走った今井街道は、それに合流する脇道になってしまった。橋が巨大化し、ずいぶん高い位置になった。
婚姻後五年ほどしてこの辺り来た記憶あり 今からはトロリーバスもその後も二つ併せて懐かしきかな

反歌  今井橋渡り向かひの堤防はトロリーバスの時と変はらず
反歌  正しくは初めて来たは廃止後の一週間目架線の記憶
父が、、トロリーバスが廃止になるので乗りに行かう、と提案し日曜に乗った。結果は、一週間前の日曜に廃止されてゐた。途中の押上付近だったか、架線が100mほど撤去され、翌日から作業を始めたことが分かった。
このあと、神保町から三田線に乗り換へ、西巣鴨から都バスで帰った。正しくは、都バスからJRに乗り換へたが。前回西巣鴨で乗り換へた時も、帰りは都バスだった。一回目は、三ノ輪から都バスで浅草、二回目は西巣鴨から都電、三回目は学習院下から都バス。それぞれ変化を付けて、退屈しないやうにした。
江戸川区今井懐かし 思ひ出の二回のほかに その間一度見に来たこと微かあり

反歌  森下と菊川住吉一の江へ途中立ち寄りアネックスかも
反歌  新宿区港区までも江戸川区途中立ち寄りアネックスかも
反歌  片仮名語歌に合はない言葉にて固有名詞にこの度のみは(終)

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