三千百八十三(朗詠のうた)最新の(1.歌論文学論、2.止観論、3.健康論(酒は適度に)
丙午(西洋地球破壊人歴2026)年
四月十五日(水)
第一部 最新の歌論文学論

不定形詩が悪い理由に、気付いた。感情過多になる。和歌、漢詩にすることで、感情が理性に変はる。この水面下の動きが重要だ。感情過多だと、読む人または後日の本人にとり、不整合になる。
音の数に合はぬ文にてうたに似る物を作ると 多すぎる心の動き美しさ削ぐ

反歌  かき数ふやまととからのふたつ国うたを音合はせ美しく詠む
感情が理性に変はるとは、制約を設けることで、知能が働くやうになる。小生の場合も、何も考へないと、枕詞と朗詠(和語のみ)の歌を作ることを忘れる。最近の朗詠では、三月三十日のあと本日まで、空いてしまった。それも今日気付いて、急遽入れた。もし気付かなかったら、更に空いただらう。
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--------------------------------ここまで「和歌論、文学論」(二百九十)--------------------------------
-------------------------ここから「良寛和尚と原始仏法を尋ねる」(二百二十九)------------------------
第二部 最新の止観論
止観論で、心が落ち着かないなど問題があると、坂を登るのと同じで、それだけ効果があり、何も問題が無くても止観をすると、のれんに腕押し、の諺があるやうに、効果が少ない、と前に述べた。止観をして、心があちこちに飛ばない人はゐない。つまり、誰でも効果があるのだが、問題がある人の励みになる。
難しき心の動きあるときは止め観ることに高き働き


今回はもう一つあり、第一部の本日に書いた「 始まるが終はると云ふは二つあり 始まり次があるときと 始まり次は既に無し 二つは同じ事の言ひ換へ」の長歌だ。これは仏法に、涅槃に達すると生命が消滅する、とする主に従来型と、極楽か西方浄土に行けるか仏になれる、とする大乗の半分型のどちらも、実は同じだ、を歌にした。(4.16追記 それでは大乗の残り半分は何なのか、は従来型と同じ)
消え去ると仏になるは同じにて喜び無し有り同じと変はらず

禅定の段階が進むと、喜びも消える。なぜ消えるのか最初は不思議だったが、心の安定だからそれで良いし、喜びが消えることも喜びだ。
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-------------------------ここまで「良寛和尚と原始仏法を尋ねる」(二百二十九)------------------------
-------------------------------------ここから「日本酒、その六十」-----------------------------------
第三部 最新の健康論
昨年からだらう、健康に関する動画を多数観て、それに従ふやうにした。しかし最近、気付いたことがある。これらに従ひ、癌心臓病脳梗塞などを逃れたとする。しかし類似する別の病気で間もなく死んだ、が起きることは確実だ。「間もなく」は一年後かも知れないし、十年後かも分からない。しかし、確実に起きる。
例を挙げると、健康動画に従ひ十年間我慢の生活を続け、今年一月に起きるはずの胃がんにならなかったが、十月に肺がんが見つかり、五年生存率30%だ。
これなら、十年間我慢をしなかったほうがいい。実は小生に、我慢で弊害が出た。一時便秘が酷くなり、しかし最近かなり良くなった。一時は、キムチを摂らないと駄目か、水分を多く取らないと駄目か、コーヒーを飲み過ぎると駄目か、を試した。
しかし、酒を少量飲むと良くなることが分かった。少量より多くても良くなるが、健康を考へて少量に留めるべきだ。そして、酒を飲むなら日本酒がよい。昔から続く良俗を、後世に伝へるのは、現代人の努めだ。
昔から秋津洲にて酒造り技及び味孫や曾孫へ
(終)
兼「日本酒、その五十九」

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