三千百九十七(朗詠のうた)1.最新の歌論(仏体石歌は詠めず、歌の目的)、2.聖歌(旧教、新教)、3.妻留学時の友人(水天宮、日本からリモートワーク)
丙午(西洋地球破壊人歴2026)年
四月二十九日(水)
「五七五七七 七」の仏足石歌のほかに、「七 五七五七七」の仏頭石歌を、前に作った。
それでは、途中に入れる仏体石歌はどうか。これは、作れないことが分かった。「五七七五七七」と「五七七五七七」は、旋頭歌だ。「五七五七七七」と「五七五七七七」は、仏足石歌だ。
すべてのもとである短歌が、一番座りがよい。そして旋頭歌、仏足石歌は、二番目に座りが良い。そのことを、字数は物語る。これらとは別に、長歌も座りがよい。
ねの数を壊れぬものに詠むときは 短き歌や頭へとめぐらす歌や 七つねを一つ多きの歌へと向かふ
反歌
みつ揃ふ短き歌とそのほかに長きの歌を加へ壊れず
四月三十日(木)
一昨年まで、歌を作る目的は止観、世の為などを挙げた。今は専ら、普通文を引き立てる為になった。老化とともに、止観を兼ねる余裕が無くなった。世の為は、普通文で主張(国の独立、平和、文化破壊阻止、神仏)をするため、歌での比率が下がった。
歌は、作れば作るだけ功徳になる、とする思想も最近は持たなくなった。一つの特集には最低一つの歌が必要だ。さう云ふときもあるが、一番多いのは、普通文を盛り立てることだ。
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二十四日に動画で「歌曲「星の界(よ)」」を観て、次に讃美歌を検索して312番を日本語と英語で聴いた。次に、ドヴォルザーク「新世界」より家路を聴き、そのあと英語版でも聴いた。
このあとカトリック聖歌集をコントロール(この語を聞いたのは二十七歳くらいでまだアメリカが英語で日本文化を破壊しようとする前なので、そのまま用ゐた。日本語に訳せば、対比群か)として、何曲か聴いたが、新教のほうが遥かに勝れる。これではドイツで、新教が旧教と三十年戦争をして、互角なのも無理はない、と云ひたいが、あの当時この旋律群があったか。
あずまうみ仏を祭るお寺にはふみの読み方鐘の音煙の香り 西のうみ教へあつまる館には音の高さを変へながら合はせ響くの技にて競ふ
反歌
新しき教への歌ふ歌を聴く美し此の世神の国かも
二十八日にパイプオルガンの讃美歌312番を聴いたが、オペラ歌手の動画がよい。
本日二十九日に、魔弾の射手序曲を管弦楽の動画で聴き、そのあと讃美歌「主よみ手もて」を聴いた。これは合唱隊の動画だが、そのあと312番とは別のオペラ歌手を聴いた。この歌手の「神ともにゐまして」も聴いた。
対比として、カトリック聖歌を二曲聴いた。
妻が高校の時に留学した時の女友達は、帰国後に結婚し、夫婦そろってアメリカに永住する。日本に住む親が高齢の為に、毎年のやうに来日する。妻はその度に会ひに行く。今回は水天宮へ行ったさうだ。水天宮は、都電の方向幕に「水天宮浜町」「水天宮錦糸堀」があった。近くに箱崎町がある。以前は、池袋から箱崎町までバスがあった。昭和四十六年に、池袋からお茶の水に短縮された。東京シティエアターミナルが開業したのは、その九ヶ月後であった。
その後も、春日通りから氷川下(千石何丁目か不明なので、町名変更前の都電停留所名)経由に変更された。更に、大塚から新大塚へ乙字形に走るやうになりその後、お茶の水までが上野公園までに変更された。
妻の友人の子は、アメリカで就職し、アメリカの仕事をするのに、今は日本に住む。リモートなので、会社に訊いたら許可が出たさうだ。ここが、日本企業との違ひだ。リモートで仕事をするのだから、時差が影響しないなら、どこで仕事をしてもよいはずだ。
日本企業なら、意味が無いのに週に一回は来社させるだとか、住所は南関東までだとか、余計な規制を掛ける。
海の外家は大和の言葉にも 学ぶ館は異なりて 話すは外の言葉にて 日の本へ来る心意気好し
反歌
勤めても外の言葉を話すのみ日の本へ来て大きく伸びる(終)
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