三千百七十八(朗詠のうた)短編物語(続、貪瞋痴を増大させる教義)
丙午(西洋地球破壊人歴2026)年
四月十五日(水)
第一章 先日罵倒した人に再会
良寛和尚と石原莞爾が、所用で出掛けた。駅で降りたあと、石原は、和尚が罵倒されたのはこの駅でしたね、と云った。和尚は、あの位置です、と指指した。そこには、誰もゐなかった。
暫く歩くと、向かうから来る歩行者が、そこの坊さん、と声を掛けた。先日の三宝ですが、仏法僧の仏とは、末法では本仏の事です、と云ふ。
これからあの場所へ行って、宣伝活動をする途中だったのだらう。理論武装をしたようだった。良寛和尚が、末法とは何ですか、と質問すると、仏滅後千年が正法で、と解説を始めた。解説が終はったときに良寛和尚が、それらの年数について、書いてあるお経はありますか、と質問した。
相手は、大集経にある、と答へた。膨大な数の経典の中で、大集経にだけ書いてあると、それを信用するのですか。阿弥陀仏が書いてある経典は幾つもあるが、こちらを信用したほうがよくないですか、と聞くと黙ってしまった。
そもそも、と和尚が云った。中国では、正法が五百年、像法が千年、末法は西暦552年からです。ところが、日本は1052年からです。仏法は中国から日本へ伝はったので、日本が間違へたのでは、と質問すると、相手は答へることができなくなった。

第二章 例へ話
お釈迦様の始めた仏法は、後に分裂を繰り返したが、中国には達磨大師が現れて復興した。日本の仏法は鎌倉時代には衰へたが、道元和尚が渡航し、復活した。ところが寺請け制度で、また衰へた。このやうに、興しても衰へることを、大集経は正法像法末法と例へ話で説明したのであって、嘘ではなく方便ですよ、と説明し、相手は頷いた。

第三章 仏とは
相手は、最後にもう一つ、仏法が衰へたときに本仏が現れる、と云ふのはどこが違ひますか、と訊いた。今度は石原が、私が生前に拝んだ曼荼羅と、あなたが今でも拝む曼荼羅には、仏滅後二千二百二十余年と書いてあるが、これを読めば仏とは釈尊のことで、もし本仏が別にあるなら、釈迦仏滅後、或いは釈仏滅後と書いた筈ですよ、と答へた。
相手は、二人の丁寧な話し方と話の内容に感服し、それからは良寛和尚の指導で、貪瞋痴の克服に励んだ。
仏とは貪り瞋り痴かさを超えることにて始まり終はる

反長歌  始まるが終はると云ふは二つあり 始まり次があるときと 始まり次は既に無し 二つは同じ事の言ひ換へ(終)

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