二千九百三十八(うた)1.埼玉文書館「北武蔵の剣術」、2.浦和刑務所跡
乙巳(西洋地球破壊人歴2025)年
十月八日(水)
市立図書館で、パンフレットを手に取った。埼玉文書館での企画展、「北武蔵の剣術」である。たまたま先日浦和へ行く用事があり、時間があったので、常設展と企画展を見てきた。企画展は、起請文などに神の名を記載することと、南武蔵の起請文は大山箱根系(だったと思ふ)、北武蔵の起請文は香取鹿嶋系と、違ふ神の名や神社名を記すところに、興味を持った。神の名を記して、仏の名(例へば、八幡大菩薩)を記さないのは、幕末が原因だらうか。
それ以外は、期待はずれだった。まづ、北武蔵の流派間の関係が分からないし、流派は二つ程度しか登場しない。次に、明治以降のものが多かった。

廊下に、今と昔(昭和30年代だったか)の、県庁周辺の航空写真が並べて展示してある。昔は、県庁の横(南側)は刑務所だった。今は跡地の、手前が県庁の駐車場。奥は、裁判所と法務総合庁舎が並ぶ。更に奥は、拘置支所がある。
拘置支所とその奥に職員宿舎があり、警備員がゐる。犯罪者のなかには、職員を逆恨みする勘違ひ者がゐるのだらう。法務総合庁舎は、検察と公安調査が入居し、入口にやはり警備員がゐる。かつては法務局も総合庁舎だったが、2010年に中央区(旧与野市)へ移転した。これも警備上の理由だらう。
インターネットで調べると、法律事務所から、以前は裁判所の隣だったのに不便になった、と恨み節があった。岩槻など幾つか支所が統合されたので、あやうく間違へるところだった、の記事もあった。
その隣は裁判所だ。傍聴できるので、荷物検査を受けて入場できる。地下一階の売店で瓶入り牛乳(100円)を飲んだ。瓶入りは懐かしいし、資源を有効利用できる。

このあとバス停へ行った。前にも書いたやうに、最初は「新国道」だった。それが「検察庁前」に変更され、更に「県庁前」になった。待ち時間が15分あるので、「埼玉会館」停留所まで歩いた。
途中の右側に、埼玉県労働組合連合会の看板が見えた。ここは四十数年前は社会主義協会だったが、今は連合になったのかと思った。しかし二日後に全労連かもしれないと調べると、全労連だった。
左側は、社会民主党埼玉県連合の文字を剥がしたビルが見える。思へば三十五年前に、ここが社会党だったときにこのビルで労組関係者に会った。当時は、総評と社会党が組織に関係なく建物を使ひあった。その建物からつひに撤退したか。近くに、自民党と立民党がある。
埼玉会館のバス停はまだ時間があると思ひ、次の県庁通りまで歩いた。かつては両方向にバス停があった。今は、浦和駅を発車するバスのみになった。浦和駅行きのバスは停車しない。昔は、旧中山道を走るバスとの乗り換へ停留所だったが、県庁通りから南側はバスが走らなくなった。北側は走るが、浦和駅まで行って乗り替へるのが普通なのだらう。そもそも北側は県庁通りのバス停が無くなった。
幾度か中山道へ往復し県庁公開初参加どちらも今や思ひ出に 駅前通り西ひがしすべて歩くは四十年ぶり

反歌  県庁の左に坂はなつかしき四十年前途切れて今へ
反歌  今年にも行きて見たものなつかしき月日の経つは矢の如くして 年までゆかず(終)

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