二百八十、日本に於ける津々浦々主義への道
七月八日「日本における社会主義への道・平成版第四部」を改題

平成二十四年
六月九日(土)「労働者は社会主義を叫ばう」
日本における社会主義への道・平成版は第一部(並びに第二部)第三部と続いたので今回第四部を作つた。全野党共闘で政権ができる可能性があるときが、日本にとつて最もよい時代だつた。戦後の日本はそれを前提とした社会である。だから社会党と総評が弱体してからの日本は、中曽根のウソに始まる消費税、天下の大悪法労働者派遣法。世の中が次々と悪くなつた。その集大成が今回の野田のウソに始まる消費税増税騒ぎと有期法制法案である。
日本の労働組合はほとんどが企業別だから、実質は日本には労組がないに等しい。失業対策もやらない。ワークシエアリングは絶対にやらない。それが非正規雇用を生み出した。今こそ昭和三十年から四五年あたりまでの良き日本を復活させようではないか。

六月十日(日)「第四部を書くに至つた経緯」
民主党拝米新自由主義派といふのはとんでもない連中である。少数派のくせに民主党を乗つ取りしかも解党に向はせてゐる。ところが先日、自民党の三五歳といふ前衆議院議員のパンフレツトを見て驚いた。民主党新自由主義派と主張がまつたく変はらない。
民主党と自民党の若手に癌細胞のやうに分散した拝米新自由主義派を何とかしないと大変なことになる。それには与野党対決を復活させるのが一番早い。五五年体制は資本主義か共産主義かといふことで国民の期待を裏切つた。今回は自由経済か自由経済か、或いは反唯物論か反唯物論かといふ同じ土俵で競ふことで、すべての国民が安心して交互に選択できる体制を作るべきだ。

六月十五日(金)「唯物論」
経団連こそ最大の唯物論勢力である。五十五年体制では社会党内社会主義協会と共産党が唯物論を自称したから、多くの人たちは経団連の唯物論に気が付かなかつた。マルクスは宗教と国家は眠るように自然消滅すると予言した。だから宗教が反動的な言動(例へば貧富の差は前世の行ひだ)を取るだとか、国家が国民を弾圧したり他国を侵略しない限り、これらに敵対する必要はない。そして最近になつて、宗教と国家の重要性が認識されるようになつた。
成果主義だ、派遣、有期雇用だ、グローバルだとカネのことしか考へない経団連はまさしく唯物論である。

六月十六日(土)「グローバルの時代における国家」
西洋列強による帝国主義の時代にあつては、国の存在は戦争に直結するから将来の消滅を予想することは悪くはない。しかし現在ではアメリカがグローバルを押し付けようとしてゐる。日本は世界第一の貿易黒字国なのに国民の生活がよくならないのは、そこに原因がある。
グローバルの時代には侵略と国民を抑圧しない国家は存在価値がある。社会党は右派の大半が党外に出た後に、左派と左派から生まれた変性左派の対立で妥協点として国の存在価値を無視するようになつた。それは今の社民党にも引き継がれ、弱小勢力の理由となつてゐる。

七月八日(日)「社会といふ語は語感が悪い」
社会主義といふ語は語感が悪い。その理由は社会といふ語の語感が悪いからだ。英語のSocietyを福地源一郎が訳した。社会といふ語には、建前でよくしなくてはいけないが本当はどうでもよいといふ本音が隠されてゐる。西洋の猿真似だからだ。天下と訳せばよかつた。天下には権力者の意味もあるから、天の下、一天四海、全国津々浦々と訳せばよかつた。
資本主義は語感が悪いだけではない。実体が悪い。全国津々浦々主義は日本では達成されなかつたが、資本主義は明治維新以降続いてゐるからだ。自由経済は悪くない。資本主義は悪い。それ以上に地主は悪いが日本では農地改革で一掃された。

七月十六日(月)「国内流通を基本とすべきだ」
欧州の言語はフィンランド、トルコを除き同一言語である。まづ男性、女性、中性。主格、所有格、目的格。文法が同一である。単語はゲルマン系、ラテン系、スラブ系に分けられるが、系統内の相違は東京弁と九州弁程度であり、系統間の相違は本州弁と沖縄弁程度である。つまりインドヨーロツパ語族のうちインドとイランを除いた欧州は、同一の国といつてよい。ましてや陸続きだから貿易も多い。
欧州の猿真似で日本はもつと国を開くべきだといふ意見がある。これは間違つてゐる。武蔵国、越後国、肥後国、琉球国など全国が交流してゐるではないか。勿論日本には唐、高句麗、シヤムなどとの交流が古来あるからアジアの国々とも交流すべきだ。
しかし昭和五十年あたりからの貿易黒字と最近のアメリカの陰謀によるグローバリズムは日本国内の意識を歪めた。国内で生産し国内で消費するのことが基本である。基本を無視して貿易ばかりに捕われるから非正規雇用や失業者が増大する。貿易は付録であり国内流通が基本といふ昭和四〇年代、或いはプラザ合意の前に立ち返る必要がある。

七月十六日(月)その二「復元力回復」
江戸幕府は出来たときは連合政権みたいなもので外様大名に相当に気を遣つた。ところが幕府の権力のほうが強いから少しづつ幕府独裁になつた。鎌倉幕府も出来たときは画期的なものだつたが、北条一族が力を付けて少しづつ独裁になつた。物理的に見れば、復元力がないから或る方向に少しでも傾くとますます傾きが強くつひには独裁に至る。回つてゐる独楽は復元力があるが、止まつた独楽は復元力がないのと同一である。
現代の民主主義も幕府と同じである。日本は長いこと自民党一党独裁が続きすぎた。だから政権を交代しても既得権勢力が強すぎる。
このようなときに消費税増税騒ぎが起きた。消費税を増税すれば経済の復元力がなくなる。勝ち組はますます勝ち組に、負け組はますます負け組になる。戦後、社会党や総評の夢見た社会主義は、米ソの対立に巻き込まれはしたが、本来は資本主義の行き過ぎを正す復元力であつた。今回の消費税騒ぎを機に、かつての米ソ対立ではなく復元力を判断基準と為し、消費税増税に反対するすべての勢力が連携し、消費税増税に賛成した議員を全員落選させようではないか。(完)


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