二千六百六十九(朗詠のうた)本歌取り、新古今集(その二)
乙巳(西洋発狂人歴2025)年
三月三日(月)
巻第七「賀の歌」の
高き屋にのぼりて見れば煙立つ民のかまどはにぎはひにけり
土の下石の油と炭と気(いき)燃やさず煙立つはめでたし
土よりの油と炭と気(いき)燃やす此の世を暑く星を滅ぼす
油から人が作るの松脂(やに)に変へると消えず生き物滅ぶ
巻第八「哀傷歌」の
末の露本の雫や世の中の後れ先立つためしなるらん
世の中は常ならずゆゑ亡くなるは先と後との違ひのみにて
巻第九「離別歌」の
唐土も天の下にぞありと聞く照る日の本を忘れざらなん
唐土と仏の国と日の本と天の下にて同じ日の下
印度、天竺、釈迦の国。どれも和語にならないため「仏の国」を用ゐた。巻第十「羇旅歌」は、万葉集の歌が七つ続く。それだけで一つの巻と同じ脳力を消耗するため通過し、業平の二首のうち後ろの
駿河なる宇津の山辺のうつつにも夢にも人に逢はぬなりけり
水分ける秋ヶ瀬の路秋を背に三(み)月待つのち雪降り積もる
「宇津の山辺の」までが「うつつにも」の同音序詞なので、本歌取りも「秋ヶ瀬の路」までを「秋を背に」の同音序詞にした。今日は初めて雪が降った。道には積もらなかったが、庭や駐車中の自動車には残った。既に立春を過ぎたので、今冬ではないのが残念だ。
三月四日(火)
巻第十一から十五までは飛ばし、巻第十六「雑歌 上」の
昔見し春は昔の春ながらわが身ひとつのあらずもあるかな
昔見た山川海は変はらずに我が身老いても我が身変はらず
次は
世を厭ふ吉野の奥の呼子鳥深き心のほどや知るらん
山奥に棲むも獣と鳥や虫世を厭はずに其の日其の日を
次は
夜もすがら浦漕ぐ船はあともなし月ぞ残れる志賀の唐崎
日が入りて残る光も消えたのち星の光に唐崎を見る
次は
跡もなく雪ふる里は荒れにけりいづれむかしの垣根なるらむ
雪降るの里はふるさと非ずして冬の淋しさ美しさあり
巻第十七「雑歌 中」へ入り
しかの海女の塩焼く煙風をいたみ立ちは上らず山にたなびく
難波女(め)の衣ほすとて刈りてたく葦(あし)火の煙(けぶり)立たぬ日ぞなき
海女の焚く煙立たぬの日が無きは 日毎休まず家栄え貧しさ故に非ずと願ふ
反歌
塩を焼く魚(うを)を漁(すなど)り海女の家煙は栄え神の山へと
初めの歌は万葉集にも載る。
次は
沖つ風夜半に吹くらし難波潟暁かけて波ぞ寄すなる
夜の風陸(おか)へ向かひて吹く上に朝に向かひて吹く風にして
次は
今さらに住み憂(う)しとてもいかならん灘の塩屋の夕暮れの空
住みやすく心落ち着く所にて灘と塩屋と夕暮れの空
次は
沖つ風夜寒(よさむ)になれや田子の浦の海人の藻塩火焚きまさるらむ
見わたせば霞のうちもかすみけり煙たなびく塩釜の浦
田子の浦塩釜湊歌枕海人の藻塩火霞のうちに
次は
時知らぬ山は富士の嶺いつとてか鹿の子まだらに雪の降るらむ
時知らぬすべて山なみ老ひる無し殊に富士の嶺高きを保つ
次は
山里は世の憂(う)きよりは住み侘びぬことのほかなる峰の嵐に
山里は街の憂(う)きより住み易し峰の嵐に心は強し
次は
滝の音松の嵐も馴れぬればうち寝るほどの夢は見せけり
家を買ふ流れ激しき谷川の横に建つので音がする 中を介(たす)ける店の人今までこれで逃げる人多しを云ふも これが好みと
反歌
移り住み日にちを経るとうるささに耐へ難くなり売り出すことに
長歌と反歌に入れた話は、1年ほど前に記事で読んだ。本歌の逆だが、或る程度なら本歌、度を越すと本歌取りになる。
もののふの八十宇治川の網代木にいさよふ波のゆくへ知らずも
人麿の八十宇治川の網代木が新た今古る載るは嬉しき
一つ置いた先の
水上の空に見ゆれば白雲の立つにまがへる布引の滝
水上は牧水に似る 白雲の立つは左千夫に まがへるは二人には似ず 布引の滝は二人に八(や)百(ほ、発音は「お」)年の前
反歌
旅の文(ふみ)眺めの文は二条院業平芭蕉左千夫牧水
次は
斧の柄の朽ちし昔は遠けれどありにしもあらぬ世をも経るかな
斧の柄と浦島太郎唐土と大和に時の過ぎ行く話
(追記3.05)この後、巻第十八「雑歌 下」はうって変はり、よい歌がない。半分までは総ての歌を読んだが、あとはパラパラとめくるだけになった。巻第十九「神祇歌」、巻第二十「釈教歌」も同じだった。(終)
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