二百四十一、東京大学経済学部長伊藤元重氏批判(その2)
平成二十四年
二月二十五日(土)「イノベーターのジレンマ批判」
伊藤元重氏の『日本の家電企業は「イノベーターのジレンマ」を克服せよ』『模範解答がない時代、日本はグローバル人材をどう育成すべきか』を、前回に引き続き批判しよう。
まづ『日本の家電企業は「イノベーターのジレンマ」を克服せよ』で次のやうに述べる。
パナソニック、ソニー、シャープなど、日本を代表する家電メーカーが大きな損失を出して苦しんでいる。そうした日本メーカーの苦戦とは対照的に、韓国の サムソンは好業績を続けている。
その理由として日本の或る家電メーカーのトツプが次のやうに話したといふ。
「我々がなぜサムソンに負けているのか徹底的に調べた。日本の企業が技術や 製品力において、サムソンに比べて特に劣っているわけではない。いろいろ調べて結局分かったことは、サムソンの人件費が我々の半分程度であることが決定的に重要なのだ」
その理由は円高である。プラザ合意以降の日本はもはやそれまでの日本ではなくなつた。そのことを踏まへて長期対策をとらなくてはいけない。
かつて自動車の排気ガス対策で排気の一部を吸気に戻す方法があつた。燃費は悪くなるがエンジンの温度が下がるから窒素酸化物の削減に効果があつた。その後、窒素酸化物は別の方法で低減させ、再循環方式は循環率を制御することで燃費をよくする方法として用ひられるやうになつた。日本の採用すべきはこの方法である。
一方で、日本が採用してはいけない方法は海外進出することだ。ところが予想どおり伊藤氏は一番悪い方法を薦める。
日本の国内での生産コストが高いのであれば、もっと積極的に海外への展開を進め、海外の安い生産コストを積極的に活用する必要がある。
二月二十六日(日)「排気ガス再循環方式を経済に応用」
経済の過熱はバブルだけではない。貿易黒字も過熱である。昭和56年から続いた貿易黒字は日本を破壊した。悪夢の30年であつた。
貿易黒字をなくすには経済効率を下げるべきだ。輸出産業は下請けに支へられてゐる。まづこれを禁止すべきだ。終身雇用制は一旦退職すると転職先がほとんど見つからない。だから元の会社に残るしかない。一種の奴隷制である。だから終身雇用を経営側だけが利益を得ない方法で解消すべきだつた。
日本人の思考が硬直した原因は終身雇用である。と言つて出向は駄目である。出向は雇用が身分制度になる。天下りや民間天下りも駄目である。雇用を流動化することで思考が柔軟になり労働側は失業の不利益がなくなり、経営側も人減らしが容易になる。これで日本経済は復活する。
一旦は効率を下げるが、のちに向上するところは排気ガス再循環方式にそつくりである。
二月二十七日(月)「日本の製造業の現状」
伊藤氏は海外移転といふ最終結論の前に次のように述べる。
日本メーカーと韓国メーカーの関係を見ていると、ハーバード大学ビジネススクールの看板教授の一人であるクレイトン・クリスチャンセンが提唱した 「イノベーターのジレンマ」の話を思い出す。先行している企業は、後発の企業に対してつねに不利な戦いを強いられている。
そんな事はアメリカの学者を持ち出すまでもない。当り前の話である。そのことにより次々と新しい企業が伸び、それが資本主義の活力となつた。一方で経済にせよ軍事力にせよ先を進む者はその地位を保つために厖大なエネルギーが必要である。だから地球温暖化をもたらした。
伊藤氏は日本のメーカーについて次のやうに劣勢ぶりを指摘する。
・日本の家電メーカーの人からは、よく自社のテレビの品質の良さについて話を聞かされる。家電量販店でいろいろなメーカーのテレビが並べられているので、 比べて見てほしいと言われる。
・しかし、海外に出かけて韓国勢の商品が店の中で大量に陳列してある中では、細かい「質」にこだわった日本の商品が色あせて見えるのだ。
・最近、チェコやチリのような中所得国に行く機会があった。どちらの国でも韓国の現代自動車の存在が目立った。
対策としては
・残念ながら、現状を打開する方策がそう簡単に見つかるものではない。当面は愚直にコストを削減し、価格競争力を強化していくしかないだろう。
・企業再編や分野の見直しの余地は残っている。個々の企業では「選択と集中」 をさらに徹底させることが必要だし、産業全体ではM&Aなどの再編をさらに進めていかなければいけないだろう。
それにより失業者が増大することはどうするつもりなのか。
二月二十八日(火)「開発部門」
日本の製造業は組織がよくない。本来開発部門は製造を補助する部門だ。ところが新製品の開発が終了すると自分たちの仕事がなくなるから、次々と新製品を開発する。
これは世の中が定常状態ではないから成り立つ。しかし非定常状態の行き着く先が地球温暖化である。世の中が定常状態だと親の世代と同じ事をするのが成功の確率が一番高い。まづ世界は化石燃料の燃焼を速やかにやめるべきだ。大したことではない。祖父母の時代に戻すだけだ。世界はそのやうに主張すべきだ。アジアに位置する日本と中国は特に主張すべきだ。反対するのはアメリカくらいであらう。イギリスは腹黒いからアメリカ側に付くかも知れない。
製造部門は気が緩むと不良品率が高くなる。同じように開発部門も気が緩むと消費者の役に立たないものを開発する。そのときは開発部門は原点に返り製造部門の不良品率低下業務や製造部門そのものに従事すべきだ。そのうちよい製品が開発できよう。
二月二十九日(水)「工員と職員」
かつては工員と職員といふ身分制度があつた。しかし戦後の労働運動で両方を統合し社員と呼ぶやうになつた。それでも差はあつた。富士通を例に取ると技能職と事務技術職と呼び、技能職の最高位は職長で係長クラス、または工師で課長クラスであつた。プラザ合意は製造業に激震を与へた。技能職の余剰人員を事務技術職のカスタマエンジニア(コンピユータの修理)に職種変更希望者募集など大変なことになつた。
プラザ合意の他にもう一つ激震があつた。貿易黒字そのものである。技能職が係長クラス止まりでも、事務技術職も普通は係長止まりで、釣り合いが取れた。ところがバブル経済で事務技術職は部長以上まで行く人が多くなり、組織が変になつた。富士通だけではない。日本中が変になつた。
日本のすべきはバブルの前、更には貿易黒字の前までまづ事務技術職を戻すことだ。つまり技能職と同じ待遇にすることだ。伊藤氏は安直に、質が良過ぎるの価格が高いのといひ、挙句が海外に移転しろとなる。しかし製造業の内部を貿易黒字以降追ふ必要がある。
三月一日(木)「一億総中流と、厚い中流と、少数の中流」
野田は国民のことをまつたく考へない。それは「中流層を厚く」といふ言葉に表れる。こんな男を議員や首相にしてはいけない。中流層を厚くすることは、そこに入れない層がかなり存在するといふことだ。野田の言つたこととは正反対のものに「一億総中流」がある。日本は一億総中流を目指すべきだ。少数の上流と多数の下流が世の中は一番安定する。しかし米ソの冷戦時代には社会主義化の危険があるから、多数の中流と称した。
伊藤氏の主張は野田よりはよい。少数の中流だからだ。しかし大多数となる下流への配慮がまつたくない。
三月三日(土)「中学生でも考へる結論」
伊藤氏は海外に出て行けと得意の結論を出す前に、もう一つ述べてゐる。
・日本企業に次に求められるのは、韓国勢や台湾勢との直接的な競争を避けられるような分野への展開である。省エネ、環境、医療などの分野は国内でも大きな市場が残っており、日本のエレクトロニクス業界の技術を生かすことができるはずだ。
これはそのとおりである。しかしこの程度のことは中学生でも考へる。経済学者はプラザ合意直後にここまで考へるべきだつた。例を挙げれば、今日は晴れである。にも関わらず「明日は雨になるでせう」と予報するところに気象庁の存在価値がある。「今日は晴れだから明日もたぶん晴れるでせう」、明日になつて雨が降つてきたら「今日は雨です」。これだつたら気象庁の存在価値がない。伊藤氏はまさしく後者だ。日本の経済学者は存在価値がない。
経済が発達したほうがよいときは特許の保護を強化すべきだ。抑制したほうがよいときは軽くすべきだ。国どうしで貧富があつたほうがよいときも保護を強化すべきだ。国どうしの貧富を少なくするには軽くすべきだ。西洋の発明や発見はたまたま西洋が地球破壊を先に始めたといふだけだ。だから日本の経済学者はアジアの一員の立場に立ち、西洋人の発明や発見に批判的な立場に立たなくてはいけない。そうやつて日本は高度経済成長を遂げたし、松下電器は「真似した電器」と言はれながらも大手に成長した。
三月四日(日)「グローバル批判」
次に「模範解答がない時代、日本はグローバル人材をどう育成すべきか」に移らう。伊藤氏は
「企業は若い人材を異質の体験が積める海外へ放り込め」
と題する章で
海外では、日本では想像もできないような経験をすることがある。困難な問題に直面することが、その人の能力を磨くことになる。
と述べ、今後の対策として
グローバル人材というと、海外経験を積んだ特殊な能力の人というような印象を持たれては困る。今後は、海外での経験を積むことを、人材育成の柱に置くべきである。
と述べる。海外で想像もできないことに遭遇したときの対処方法は冷静に対処することでだ。決して海外経験を積むことで身につくものではない。国内勤務で身に付けるべきだ。
10年ほど前にいつしよに仕事をした或る大企業の技術者2名は、アメリカ短期出張でレンタカーを借りた。ところが帰国のため空港に向かふ途中で別の車にぶつけられた。飛行機の出発時刻に間に合はないので相手の運転手との話を切り上げ、帰国後に自分たちの所属会社に相談し修理代を支出してもらつて一件落着となつた。この場合、この技術者たちの沈着なやり方は一つの解決法である。別の方法としてまづ現地警察に電話し、次に航空会社に連絡し、レンタカー会社に連絡し、それで何とか解決しそうな気がする。
これらの能力は幾ら海外経験が長くても身に付かない。今はインターネットの時代である。メールで海外と毎日のようにやり取りしたほうが、海外経験よりよほど役に立つ。
三月九日(金)「日本の大学の欠点は猿真似ニセ学者が多いためではないのか」
伊藤氏は次のように述べる。
・近年、私のゼミには多くの留学生が参加するようになっている。一般的に言って、彼らは優秀である。
・彼らは勉学に熱心である。母国語でもないのに英語の能力も非常に高い。当然の結果だが、最近は日本の有力企業や外資系企業が彼らをほしがるようになっている。
私はこの意見には反対である。東京大学大学院博士課程を修了した外国人といつしよに仕事をした経験からいつて、あまり能力は高くない。同じ事を東京大学教授の宮田秀明氏が書いてゐる。
・日本の大学の国際競争力は落ちる一方である。
・海外から来る留学生の質を見ればよく分かる。かつては中国の数学オリンピックで入賞した学生が東大に留学していた。韓国からは、ソウル大やプサン大の卒業生が東大の大学院を目指していた。だが現在は、そのような韓国からの留学生は激減し、東大キャンパスには約700人の中国人大学院生が学んでいる。すべてと言うわけではないが、彼らの学力レベルは総じて高くない。中国の大学ランキング100位以下の大学の卒業生が東大の工学系大学院に入学することも珍しくない。総じて彼らは英語力が高いので、それだけで入学できたりする。
・米国や欧州の学生が東大の大学院を目指すことは元々ほとんどなかった。
そこで9月入学を言ひ始めた。ところが
・この理由は、大学院の入学が4月だからではない。実際、東大工学部の大学院は、留学生向けに少なくとも年2回、9月と2月に入学試験を行っている。入学は4月と10月から選べる。入学時期が留学生にとって不都合などころか、たいへん丁寧な対応をしている。
日本に優秀な学生が来ない原因を宮田氏は一言で説明した。
大学の教員が矮小化している
三月九日(金)「ギヤップタームといふ日本語はない」
伊藤氏は次のように述べる。
高校を3月に卒業してから9月に大学へ入学するまでの期間をギャップタームと言うそうだが、この期間に海外への短期留学や海外でのボランティア活動に参加できるようなプログラムを大学として開発すべきであると考える。
この発言には3つの問題点がある。
(1)ギヤップタームといふ日本語はない。英語をそのまま日本語にしてよい訳はない。外来語が定着するには長い年月を掛けるべきだ。
(2)伊藤氏は短期留学や海外でのボランティア活動といふが、海外からの留学生も日本の生活に慣れるにはその程度の期間が必要だ。つまり留学生を受け入れるのに9月にする必要はまつたくない。
(3)短期留学といふのは観光旅行の延長みたいなものだ。円高金持ち国民のぜいたくにすぎない。海外でのボランティア活動も同じだ。そんな時間があつたら国内でボランテイア活動をすべきだ。伊藤氏の主張は西洋猿真似人間養成プログラムに過ぎない。
日本への留学生は日本語で授業を受け、立派な社会人として日本または世界に送り出すべきだ。それが日本の国益であり本人たちのためでもある。そのためには政府はもつと予算を計上してもよい。その分は矮小猿真似ニセ学者をリストラすることで捻出すればよい。(完)
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