二百四十二、仏舎利拝礼記(在日韓国人と日本とミヤンマー)

平成二十四年
二月二十六日(日)「在日韓国人S先生」
在日韓国人S師は弘前の生まれで、大阪新聞社のアルバイトをしてゐるときに受付の女性と結婚し現在に至る。その後、カナダ移民のニユースを見て応募。トロント交通公社などに勤務し十年前に定年を迎へた。そして日本に留学中の曹渓宗の禅師から指導を受ける。曹渓宗は韓国で最大の仏教宗派で僧侶は独身である。日本に併合されたときに妻帯僧も現れたが、戦後に妻帯僧は太古宗として分かれた。S師はミヤンマーの瞑想センターで出家した。普段は曹渓宗の衣を着されてゐる。だから僧侶と在家のどちらか迷ふ。司会者はS先生と呼んだので私もそれに従ふことにする。
私がS先生の指導会に出席するのは一昨年に続き二回目である。参加者の多くはミヤンマーの上座部仏教勉強会に参加する日本人である。S先生の指導会で期せずして仏舎利を拝観することができた。

二月二十七日(月)「仏舎利」
S先生がカナダからカンボジア、スリランカを訪問し帰路に日本にも立ち寄ることになつた。私はカンボジア、スリランカの土産話を楽しみに参加した。出席者は30名ほどだつた。カンボジアの国王直属の僧侶、スリランカの大統領直属の僧侶たちと親しく会談されたことを話された。講演、瞑想が終りこれで本日の行事が終了と誰もが思つたとき、S先生が仏舎利を特別に拝礼させてくださつた。まづ包んでゐる布から木箱を取り出し、次に箱を巻いてゐる糸を解き、止め金を外した。寄せ木細工になつてゐる木箱をかなり苦労されながら開いた。箱根などで売つてゐる寄せ木細工と同じ構造である。日本とスリランカの共通点を一つ発見した。木箱の中には仏舎利が9つ脱脂綿の上に奉安されてゐた。一人づつ順番に拝観と三拝を行つた。私が拝礼のときS先生が脱脂綿を動かしその後、深刻な顔で沈黙された。何が起きたのかと思つたら仏舎利が1つ増へ10になつた。S先生は「仏舎利は増へると聞いたが本当だ」と驚いてゐられた。一つで塔が一つ立つとも仰られた。

二月二十八日(火)「仏舎利の真偽」
S先生は、釈尊を荼毘にしたとき高温で骨が飛び散り砂と混じつたと仰つた。名古屋の日泰寺にはタイ国(泰国)の王室が日本に分けて下さつたものが奉安され、これは真骨である。
それ以外は偽物だと言ふ人もゐるが、それは正しくない。茶碗一杯の水を太平洋に注ぎかき混ぜてから一杯汲み取つても、元の茶碗の水分子が幾つか入る。ましてや荼毘の砂には骨の分子が多数残る。仏教国スリランカの大統領が仏舎利として下付されたものである。我々は釈尊の時代を思ひ浮かべて、有り難く拝礼したいものである。

三月一日(木)「日本はいい国か」
S先生が一昨年に来日したときに、私も勉強会に参加した。そのとき「日本はいい国だ」とさかんに仰つてゐた。私は、日本はアメリカの猿真似を繰り返して醜い国になつてしまつたと思つてゐるから、S先生は普通の日本人より親日である。この違ひはS先生がカナダに永住したことが大きい。たまに日本に帰国するとよい部分が眼に入る。ずつと住んでゐると悪い部分が目に入る。しかし私は海外出張が累計で一年以上あるからまだよい。観光旅行でアメリカに行くとアメリカかぶれになる。観光旅行は遊びだからである。遊びは楽しいに決まつてゐる。留学でアメリカに行くとアメリカの手先みたいになることが多い。特に官僚と大学関係者である。

三月三日(土)「世界共通の宗教」
今回の勉強会でS先生は、日本は中国やインドから文化を取り入れ、更に西洋からも取り入れたから日本から新しい仏教が生まれると期待しておられた。ここもカナダ在住のS先生と、日本在住の私では違ひがある。
私は、西洋はカトリツク、アジアは仏教、イスラム教、ヒンズー教、儒教、道教など昔からの宗教を信じるのが一番よいと思ふ。仏教では上座部仏教のほかに、上座部仏教が堕落したときに生じた大乗仏教も長い歴史を考へれば尊い。キリスト教では、カトリツクが堕落したときに生じたプロテスタントについては今後は判らない。資本主義と啓蒙主義と唯物論の生みの親だからである。資本主義を批判するマルクス思想は資本主義を改善するためには有用である。
世界共通の宗教とは、その土地に古来から続く宗教を信じることだと思ふ。その際に、人間は堕落するから補正項が必要である。時代とともに生産力が高まつたからその補正項も必要である。(完)


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