二千三百六十八(うた)報道を読んで(豊川へ行った蕨、選択的夫婦別姓、国スポは廃止せよ)
六月十一日(火)
蕨駅西北の公団団地は、かつて日本車両蕨工場だった。豊川工場に統合され、豊川蕨工場と改名した筈だが、その後どうなったか突然疑問が湧いた。調べると日本車両豊川製作所のホームページに
昭和39年 7月 豊川工場(愛知県豊川市・現豊川製作所)新設、貨車の製作を開始 1964
昭和45年10月 豊川工場において機関車の製作を開始 1970
昭和46年 3月 豊川製作所において旅客車の製作を開始、総合車両工場となる 1971
平成 8年 4月 豊川蕨製作所を豊川製作所と改称  1996

とある。平成八年まで豊川蕨製作所だった。いつから名乗ったかは昭和四十六年だが、事情を知らない人がこの年表を見ても、分からないだらう。それより豊川工場は海軍の工廠跡だから、戦後すぐに創業したと思ってゐた。国鉄豊川分工場時代があった。
(見沼代用水と地元の話題、七十九)へ 兼、(見沼代用水と地元の話題、八十一)へ
------------------ここまで(見沼代用水と地元の話題、八十)----------------------

突然、豊川蕨工場を調べたのは、乗りものニュースのホームページに
「廃止してくれないか」と市がJRに提案する路線に乗ってみた ガッツリ朝ラッシュ なのにナゼ?

が載った。
和田岬線は1990(平成2)年まで旧型客車が運行され(以下略)
ほどなく、車窓右側に川崎車両株式会社の兵庫工場が見えてきます。

汽車会社の工場が南砂町にあったが、会社が川崎重工(その後、川崎車両)に吸収され、工場は廃止になった。同じころの移転だったので、突然調べた。
首都圏の鉄道車両製造は 二つ同時に無くなりて 横浜市内金沢区 東急車両製造のみに

反歌  宇都宮富士重工の製作所今は車両を作ることなし
反歌  東急の車両製造その後は総合車両製作所へと
小生は鉄道全体に興味があるのではなく、客車とその周辺(貨車)だけだ。今回は和田岬線の従来客車に始まり、豊川蕨を経て、国鉄時代最後まで客車を作った富士重工で終った。

------------ここから(モリカケ桜河柳ジャニーズ藪黒敗トリー放債カルト裏、二百九十六の四)--------------------
六月十二日(水)
NHKのホームページに
“選択的夫婦別姓の導入 国民の意見踏まえ検討” 林官房長官

が載った。少子化対策にも有効なので、すぐに実施すべきだ。萩生田らへの実効処分と、選択的夫婦別姓で、岸田の支持率はかなり上がる。萩生田らへの実効処分を同時にやらないと、裏金問題を誤魔化すためだと思はれて、効果が出ない。
よこしまの岸田がすべき第一は実効処分第二別姓

「よこしまの」は岸田に掛かる枕詞。
兼、(モリカケ桜河柳ジャニーズ藪黒敗トリー放債カルト裏、二百九十六の三)へ (モリカケ桜河柳ジャニーズ藪黒敗トリー放債カルト裏、二百九十七)へ
------------ここまで(モリカケ桜河柳ジャニーズ藪黒敗トリー放債カルト裏、二百九十六の四)--------------------

六月十六日(日)
旧国体の廃止問題が、ときどき報道される。今は国民スポーツ大会と改名されたらしい。そんなものは廃止したほうがいい。国民が改名されたことさへ知らないからだ。
国民体育大会なら、存在意義があった。国民スポーツ大会は、税金の無駄だ。
体育を変へスポーツはいいなぞと欧米かぶれ大会要らぬ
(終)

メニューへ戻る うた(九百七)へ うた(九百九)へ