二千百六十二(和語優勢のうた)地球温暖化時代の文学運動
壬寅(西洋野蛮歴2023)年
十一月十四日(火)
明治期には、杢太郎のやうに文芸者になりたかったのに、親の反対で別の職業に就いた人がたくさん居る。その理由は、西洋から新しい文学情報が入り、小説や詩と云ふ分野が開けた。歌や俳諧発句も、新しい方法が出て来た。
しかし過熱が収まると、短歌滅亡論が出たり、小説や俳諧発句は低調となった。そして戦後は、一時新しい文学が出さうになっただけで、戦前以前に堕落した状態になった。
地球温暖化で、西洋のやり方では駄目だと気付くと、明治期に匹敵するやうな新しい文学運動を開始することができる。
世の中が永久(とわ)に続くを 誰しもが疑ひ出した今こそが 西の洋(うみ)なる文(ふみ)の芸(わざ)抜けて進むの好い時となる

反歌  徳川が倒れた後と戦(いくさ)終へ共に入るの技(わざ)抜けて越す
古いものが好いのではなく、西洋のものも好いのではない。そこが開始点だ。
大和歌漢(もろこし)の詩(うた)共に立つ 西洋詩及び小説が入りて後は秋津洲文(ふみ)の乱れか伸びたのか だがいくさ負けこれで乱れる

反歌  西洋はいくさの星にした後に大和も入り後に敗れる

十一月十五日(水)
文芸と云へば小説、小説と云へば文芸である。余談だが、文藝と云へば春秋、春秋と云へば文藝、は冗談である。
小生は、小説が嫌ひだ。どうしても斜め読みから、頁読みになってしまふ。だから短い歌を好む。小説は、愛好者の中では人気があっても、国民全体から見れば低調だ。
江戸時代までの文芸に倣ふと、改良の余地は大きい。いちばんのお薦めは、伊勢物語である。小説の中に、歌を入れると読む側にとり気分転換になる。
文語を入れても、気分転換になる。今から三十年くらい前は、沖縄や津軽の言葉は、日本語だと云ふことさへ分からないくらい難解だった。さう云ふ人で、共通語を話さない人と、文語で話すことにした。そのやうな設定でもよい。
或いは、台湾や南方で日本語を話せる人がゐる。三十年くらい前は、台湾の少数民族で日本語は話せても、台湾語や北京語を話せない人がゐて、さう云ふ人とは日本語で会話したさうだ。さう云ふ人たちで、日本人以外が古今和歌集を教材として教へたため、文語しか話せなくなってしまった。そのやうな設定でもよい。更に進んで、五七五七七でしか話せなくなった。
小説は頭の中で考へた世の出来事で 幾らでも人と所と時につき 広がり読むに飽きること無し

反歌  小説はふみの巧みと楽しさで明治の世へと勢ひ戻る

十一月十六日(木)
小説で人気があるのは、推理小説とSF小説だらう。歴史小説は、歴史の捏造ものが多いので、好きではない。SF小説で、次のものはどうだらうか。
宇宙人が地球を調べて、カンジと云ふ文字を使ふ人が最も多いことを知った。何を間違へたか、平家物語で地球語を学習した。現れた宇宙人は、日本語の文語で世界中の人たちと話すことになった。更に進めて、世界中の人たちが平家物語を学び始めた。万葉集でもよい。
昨日と本日のアイディアは、流用自由である。日本の文芸界発展の為に、大いに活用してほしい。
秋津洲大和文芸 勢ひを取り戻す為 文語あり歌ありにして飽き防ぎ 明治の世にも並ぶを目指す

反歌  小説は物語にて是からはそのつもりにて作ると伸びる
小説を書くと云ふと、それだけで西洋文学の影響を受ける。物語を書く。これだと受けない。(終)

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