二千百六十(和語優勢うた)閲覧注意メモ書き歌(最新の歌論)
壬寅(西洋野蛮歴2023)年
十一月十四日(火)
赤彦の歌に倣ひて今日からは 大和言葉が多いなか 稀に入るかもろこし言葉

反歌  今まではもろこし言葉気にせずに又は大和の言葉のみ詠む
今までは、普通の歌か和語のみの歌だった。普通の歌は漢語を気にせず使ったが、今後は試しに、できるだけ少なくし和語優勢としたい。なをこれは試しなので、結果によってどうするかは変はる。
万葉に始まり古今新古今 江戸の歌詠み明治の世 牧水左千夫赤彦や茂吉に至る人々の歌に倣へば 得る事多し

反歌  子規八一二人は大きく異なりて歌にて倣ふ事が少なし
小生は最初、江戸時代までの歌から学んだ。ところが茂吉までは読む価値があると、考へが広がった。
いくさ負け茂吉の歌は変はるとも いくさの後も生きた人 これを終はりに倣ふことあり

反歌  若くして世を去る左千夫赤彦や節みどりを誰が広める
年功序列で、長生きをした人は文化勲章など受けても、若くして亡くなった人は忘れられて行く。後世の人たちは、公平に見るべきだ。文化勲章を受けたから、と特別扱ひしてはいけない。最近は更に低質なのが現れた。どこの大学を出たから、を文学の世界に持ち込む連中だ。
今どきの歌は多くが心での僅かな動き書き綴る 花や山川月などの僅かを追ふの古今とは 同じものにて堕ちるによるか

反歌  僅か追ふ勢ひが無く俳諧の発句川柳その間へと
僅かを追ふと俳諧発句と川柳の中間になる。
音(ね)の数が合はず話の言葉にて僅かを追ふのこの三つ 今どき歌が合はないの故で直せば美しさ出る

反歌  万葉と古今江戸の世それぞれに美しさあり三つが揃ふ
口語はよいが、会話調はいけない。これは美しさ二つ必要論に入らない。もし入れるなら三つ必要だ。
大和のみ 或いは大和ほとんどに 又は今まで通りにて 試し始めて一つ日が過ぎあとひと日ふた日見て一つか二つ判る事あり

反歌  これからは歌をみるときもろこしのある無しのほかどれだけあるか
今まで和語のみか違ふかを見た。しかし和語優勢かどうかを見る必要があると、赤彦の歌を調べたときに気付いた。(終)

十一月十七日(金)
本日分は赤彦全集第三巻にあったが、この特集が大きくなり過ぎたため、ここへ移動した。
赤彦が よろづは(万葉)びとはじか(直)なるの心を持つと語るには 歌を見る時役立つと 喜ぶものの迷ひも残る

反歌  じかなるの心を読みて美しさ今の人には判るや否や
反歌  アララギがじかなる心読みとてもよろづはの世と心異なる
小生も直の心は分かっても、そこに美しさを感じない。
子規左千夫節茂吉と赤彦は 歌に優れて論(と)く優れ しかしそののち人現れず

反歌  子規左千夫節赤彦若く逝き大和の文(ふみ)の芸(わざ)を失ふ
これらの人たちがもっと長生きをしたら、日本の文芸は発展をしただらう。
明治の世 一つの仕事長居せず 移るが常の世にあれど 文(ふみ)芸(わざ)のため都来る 心の中に熱き血潮が

反歌  赤彦はアララギのため仕事辞め都へ移る妻と子残し (参考)最初「二千百五十」が「二千百五十一」、「二千百五十一」が「二千百五十」だったが、「二千百五十一」と「二千百五十二」を隣接させると歌論のリンクが複雑になる為、番号を付け替へた。

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