二千九の二(和語のうた)閲覧注意メモ書き歌(屋内商店街、真夏日二日、止観、信濃旅行余韻その二)
壬寅(西洋野蛮歴2023)年
五月十九日(金)
昨日は、東京駅地下訪問を中止し、赤羽、川口に行くことにした。まづ赤羽駅近くの商店施設二ヶ所へ立ち寄った。
赤羽の商ひ館(やかた)来て見れば 隣のイトーヨーカドー 橋繋がるを初めて気付く

反歌  降り場傍(そば)商ひ館はやりにて離れた館すたれつつあり
予定を変更し
川口と南浦和も立ち寄りて商ひ館見るはずが 寄らず帰るは暑さの為か

反歌  卯月でも三十(みそ)の暑さに近頃は油燃やして星滅ぼすか
反歌  川口はそごう無きあと商ひの大きな館まだ現れず

---------------ここから(歴史の流れの復活を、その四百五十一の二)---------------------
最近、止観の語を用ゐる。坐禅とは一線を画し、南伝離れも大きい。坐禅は、鶴見に二十五年(最後の数年は港北区だが)住んだ縁だ。南伝は、タイ出張とミャンマー経典学習会の縁だ。これらから遠くなったためと、今は歌と良寛に関心があることが大きい。良寛は禅宗だが、その後は唐国天台宗(日本の天台宗とは異なる)から大きく影響を受けたと小生は見る。止観は唐国天台宗の用語だ。
良寛が渡清したかどうかは、両論がある。小生は渡清論に賛成だが、渡清しなかったとしても、寒山詩からの影響と、道元の日本国内での比叡山遊学と渡唐で、良寛は唐国天台宗から大きく影響を受けた。
日本は、南伝の歴史が浅い。日本人の上座部信仰者は、変な方向に行く人が多い。だから一年以上前のパゴタ起工式を最後に手を引いた。現地出身の人たち(在日のスリランカ、タイ、ミャンマー人など)と同じ信仰をするやうこれまで繰り返したのは、さう云ふ意味だった。
それに対して、中国から入った仏道は歴史が長い。日本の社会に調和する。これも中国の仏道ではない。日本に入り歴史の長い仏道だ。
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---------------ここまで(歴史の流れの復活を、その四百五十一の二)---------------------
歌作り 止めると観るの観るを為す そこに止めるの働きも含まれるので 止める観る分けず行ふ正しいのでは
反歌  止める観る一つ為すには非ずして一つによりて二つ備はる
今日は暑くない。午後から雨の予報だ。
暑き日は二日のみにて曇り空だが蒸し暑く水の気(いき) 風は強きが蒸し暑さ飛ばさないのは気多きゆゑ

反歌  曇り日も昨日の暑さ残るため水が加はり蒸し暑さあり
反歌  曇り日にまもなく雨と予め報(しら)せるありて早く家路へ
反歌  今わずか雨混ざるとも黒き雲僅かにありて風に流れる
反歌  そののちは元々の雨降り出して黒き雲なし灰色の空

五月二十日(土)
邪な心があると歌作り 止めるや観るの働きを せずに心と歌が灰色

反歌  邪な心はお寺も止める観る働きをせずお寺灰色
以上は、良寛の宗門批判に呼応して作った。次は、作ったあとでメモを見ないで再度作った歌が二千十の五月二十日にある、その元歌である。
良寛は筆と唐歌(からうた)和歌(やまとうた)三つで観るの働きを 道元同じくふみを書き 瑩山寺を拡げることで

去年は猛暑から秋になるときに体が重くなった。今週は、二日の真夏日後の二日目に現れた。
春夏や秋から冬の変はり目は 体が重く眠くなる 暑さ寒さが変はるため または体に老ひ忍び寄る

反歌  秋になり夏負けが出る若者も遅れ現れ皆も気付かず
仏道で、魂は無いとする教へがある。
魂が無いとするのは 止める観るたくみ(巧)の一つ たまきはる命有るのか無しなのか どちらも同じ共に幸せ

「信濃の旅」の余韻がまだ続き
早き朝 浅間のやどり雨上がり 山道登り見つからず 降りる中にて乗鞍の歌見つかりて あめの戸開く

反歌  早き朝まづ滝に寄り水枯れて直すに遇ひて心落ちせず
小学生低学年の頃、松本駅前から浅間温泉まで路面電車があった。
いそ(五十)あまりいつ(五)年前は 道走るはがね(鋼)の道に車あり いなづま(電)による力にて 走り人乗せ浅間の湯へと

反歌  いなづまの車無くなり新しき浅間のすじ(線)も今ほぼ消える
浅間線廃止のあとは、新浅間線と称して二十分に一本バスがあった。バスの浅間線は十五分に一本あり、浅間温泉は便利な場所だった。尤も浅間橋から先は、乗客がほとんどゐなかった。今は、浅間線と新浅間線を繋げて循環バスに変更し、浅間橋を浅間温泉入口と改称した。そして浅間線は一時間に一本から二本、新浅間線は平日のみ二往復乃至三往復に激減した。
更に驚いたことに、松本市内のバスは今年四月から松本市が運行主体、アルピコが受託の公設民営バス「ぐるっとまつもとバス」になった。

地元の話題(高速道)

心配事などで心が落ち着かないときに、止は最適だ。
むらぎもの心が走る速すぎる 止まるべきでも止まらない このとき止まる観るのうち その止まるにて心を保つ

反歌  止めたあと歌を作ると観ることが止まるを助けより止め続く(終)

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