壱千 宮澤賢治の「春と修羅」
平成二十九丁酉年
六月二十九日(木)
1000回目は「春と修羅」を特集しよう。前からさう決めてゐた。これは「春と修羅」に魅力があるからではない。私にはよく判らないためだ。宮澤賢治が「春と修羅」を自費出版したときは、ほとんど反響がなかった。その理由は明らかで、現代詩が一般に定着した訳ではない。
現代詩は、関係者の内輪では互ひに高く評価しても、一般から見るとそのほとんどが興味を持たれない。しかし百創ると一つは傑作が現れる。宮澤賢治のそれは「雨ニモ負ケズ」だった。
私が高校生のとき、中原中也の詩「曇天」を読み、その優れた文章に感嘆した。しかし中原中也の詩集を図書館で借りて読んでみたもののその他の詩は期待外れだった。
宮澤賢治が「春と修羅」を出版したには、何か理由がある。それを探らうと云ふのが今回の特集だ。

七月一日(土)
今回の特集を組むに当り、予備の特集を二つ組んだ。まづ984 昼休みの音楽会で、芸術とは鑑賞して本人がよいと感じるものが芸術だと訴へたかった。二つ目は992 日本近代詩鑑賞で、このときは五冊の近代詩を論じる書籍を読んで(その二)(その三)と続ける予定だったが、(その一)だけで終ってしまった。

七月二日(日)
書籍「春と修羅」のなかで、私が美しいと感じた文章は二つある。その一つは詩「春と修羅」の次の一節だ。
いかりのにがさまた青さ
四月の気層のひかりの底を
唾し はぎしりゆききする
おれはひとりの修羅なのだ
詩「春と修羅」の中でここが一番字数が整ふ。つまり私は定型詩が好きなのだ。
一方で他の詩も好きになる方法をある書籍で見つけた。本の題名を覚えてゐないのが残念だ。弟の宮澤清六によると、賢治は朗読するときに詩吟のやうに詠んだと云ふ。現代人は詩を読むときに一字一字メトロノームのやうに区切って読む。これだと定型詩の美しさしか判らない。
もう一つ、大正十三年に発行された書籍「春と修羅」の復刻版を読む方法がある。今日読む我々は「雨ニモ負ケズ」で有名になった後の賢治を知ってゐる。しかし知らなかったとしても、この書籍を読むと活字の暖かさが伝はってくる。

七月四日(火)
もう一つ美しい文章だと感じたのは以前特集を組んだときの「青い槍の葉」だった。今、復刻版で読みそれほど美しいと感じないのは、ワープロの冷たさではなく活字の暖かさで不定型の詩が美しくなったためか、或いは近代詩の本を何冊も読み、鑑賞角度が増えたためか。
後者の観点だと「雲は来るくる」「寄せてくる」は駄作に見えてくる。しかしこれは歌謡の作詞作法で、美しい旋律を付ければ駄作ではなくなる。それより
雲がちぎれて日ざしが降れば
黄金(きん)の幻燈 草の青
気圏日本のひるまの底の
泥にならべるくさの列
は美しい。この詩の「エレキ」とは太陽光エネルギーのことだと私は解釈した。

七月七日(金)
大正時代から昭和の初期までは科学万能が信じられた時代だった。アインシュタインの相対性理論が世界に与へた影響は大きい。戦後は逆に科学は便利だと思っても万能とは信じない時代が続いた。最近は米ソ冷戦終結とAI科学の発展で再び科学万能になった。
その大正時代から昭和の初期までは、すべてが科学で解決すると信じられた時代だった。特に四次元の四番目として時間軸間に期待した。書籍「春と修羅」の「序」はさういふ時代背景を考慮する必要がある。

七月八日(土)
作詞者が仲間うちで互ひの詩を批評すると、それは最高地点を評価することになる。一般の人が詩を批評すると平均地点になる。そして一般の人の印象に残るのは最低地点になる。最低地点の例として「岩手山」の
きたなくしろく澱むもの
がある。或いは「報告」の
さつき火事だとてさわぎましたのは虹でございました
もう一時間もつづいてりんと張って居ります
がある。しかし一般の人でも、更にすごい表現に出会ふとその作詞者を最高地点で評価するやうになる。宮澤賢治のそれは「雨ニモ負ケズ」だった。

七月九日(日)
詩は小説と異なり、作者の身の回りに起きた現象を文章化したものだ。架空扱った詩も、頭に現れた空想を文章化する。
科学が冷たいことに気付いた賢治が、身の回りに起きた現象を文章化する。これで「序」に書かれた意図も達成される。
他の作詞者の詩集がさうであったやうに、賢治の詩集も優れた作品は一つあるかないかだった。これは近代詩全体の欠点で、いまだに解決されてゐない。私は永久に解決されないと思ふ。(完)

宮沢賢治22宮沢賢治24

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