九百九十二 吉田精一さんの「日本近代詩鑑賞」(明治編、大正編、昭和編)を読む
平成二十九丁酉年
六月三日(土)
1000号は宮澤賢治の「春と修羅」を特集する予定なので、その準備として吉田精一さんの「日本近代詩鑑賞」を読んだ。私が過去に読んだ詩の中でよかったと感じたものは三つしかなかった。一つは高村光太郎の「道程」、二つ目は宮澤賢治の「雨ニモマケズ」、三つめは中原中也の「曇天」で、いづれも中学か高校で習った。因みに「曇天」が気に入ったのは、文語と口語が調和した美しい定型詩が理由だ。
近代詩についてこの体制が四十年間続いたが、三年前に長門、周防を旅行したときに、金子みすゞと云ふ詩人のことを知った。早速帰国(?)後に詩集を読むと、感性が合ふ。と云ふことでお気に入りの詩人として金子みすゞが加はった。どの詩がよいと云ふのではなく、全体に流れる作風が好きだ。一方で高村光太郎、宮澤賢治、中原中也については作風ではなく、特定の詩が好きだ。

六月三日(土)その二
以上に挙げた詩には、歌謡となったものは含めなかった。それは曲に引っ張られるためだ。明治編は島崎藤村で始まる。そこには「椰子の実」も載る。吉田さんは
  実を取りて胸にあつれば
  新たなり流離の憂
の第五聯は(中略)身ぶりが大げさすぎて、やや空虚な感を免れ得ない。
このあと最終聯まで解説の後に
かくてこの詩は、第五聯のみを傷として、あとは無事なでき栄えであり、感動は一聯より二聯、二聯より三聯と次第に高まって(以下略)
私は吉田さんと異なり、一聯、三聯、五聯が好きだ。それは曲の旋律がこれらは主題の部分、二聯、四聯、六聯は副題の部分だからだ。これは音楽の問題だ。しかし詩の上でも奇数聯は加速、偶数聯は抑速の部分だ。

六月五日(月)
明治編の二人目は土井晩翠が登場する。
島崎藤村に雁行して三十年代初頭の双璧と称せられたのは土井晩翠である。
で解説が始まる。しかし吉田精一さんは土井晩翠をあまり評価しない。星落秋風五丈原についても低く評価する。私と吉田さんは感覚が逆だ。私だけではなく明治から昭和に至る多くの国民と、吉田さんは感覚が逆だ。
つまり詩は読んで美しいと感じるものが優れてゐるのであって、内容を分析して優劣を付けてもそれは国民の感覚と異なる。

六月七日(水)
石川啄木について「食ふべき詩」のなかで
詩は所謂詩であっては可けない。人間の感情生活(もつと適当な言葉もあらうと思ふが)の変化の厳密なる報告、正直なる日記でなければならぬ。従つて断片的でなければならぬーー。まとまりがあってはならぬ。(まとまりのある詩即ち文芸上の哲学は、演繹的には小説となり、帰納的には戯曲となる。詩とそれらとの関係は、日々の帳尻と月末若しくは年末決算との関係である。)さうして詩人は、決して牧師が説教の材料を集め、淫売婦が或種の男を探す如くに、何等かの成心をもつてゐては可けない。
これは卓見だ。私もホームページを書くときに、最近特に感情生活の変化の厳密な報告、正直な日記を心掛けるときがある。牧師が説教の材料を集める態度で書いてはいけないのは当然だ。余談だが、牧師は聖書を、僧侶は経典や宗祖の著作を引用すれば、説教の材料を集める必要は無くなる。更に云へば、聖書や経典や宗祖の著作や過去の僧侶と信者の歴史文書のみを引用すべきだ。これならすべての信者が悦んで聴く。世間で見つけた話材だと、賛成の人も反対の人もゐる。

六月十日(土)
大正編では二番目に高村光太郎が登場する。吉田さんは冒頭に「根付の国」と云ふ光太郎の詩を載せたあと
明治時代の詩人の生命は何れも短い。一流の詩人とても、五年乃至十年(以下略)。ただ明治末期に出た詩人となると、大正、昭和迄もその活動をつづけることが出来た。その内、昭和の今日に至って猶、時代の詩感を失うことなく、本質価ある存在をなしているのは、実に高村光太郎を除いて見当たらないのである。
さうなった理由は明治以降に西洋の詩を模倣したためだった。「根付の国」は光太郎が西洋から帰国した直後で、しかも光太郎は彫刻家だ。この解説なしにこの詩を読むと、単なる西洋被れかと誤解する。こんな詩を最初に載せる吉田さんの感覚に疑問を持つ。二番目に載せた「冬が来た」はよい詩だ。

六月十日(土)その二
昭和編は一番目に宮澤賢治が登場する。そして先頭に「永訣の朝」が載る。この詩は、家族の中で賢治と唯一信仰を共にした妹の死を謳った。さう注釈を付ければ美しく読める。注釈がないと見逃がしてしまふ。個々の表現は美しいが、詩の関係者以外は個々の表現に無関心だからだ。それに比べて
いかりのにがさまた青さ
四月の気層のひかりの底を
唾し はぎしりゆききする
おれはひとりの修羅なのだ
これはは定型詩だから、個々の表現にまで気を向ける。そして美しいことに誰もが気付く。「雨ニモマケズ」があっと云ふ間に広まったのは、それまでの伝統的な定型詩ではないが、定型詩の心地好さを持つからだ。(完)

宮沢賢治21宮沢賢治23

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