壱千八 宮澤賢治の「春と修羅 第二集」
平成二十九丁酉年
七月十六日(日)
「春と修羅 第二集」はこれまであまり気にしてこなかった。それは生前に発行されたものではないからだった。読んでみても美しいと感じる文章を見つけることができなかった。唯一読み易いのが「序」で、第一集は序が判りにくいのとは正反対だ。第一集はほとんど売れなかったものの、草野心平や高村光太郎には絶賛された。
二人の賞賛が徐々に広まったのだらう。それは
もし万一にもわたくしにもっと仕事をご期待なさるお方は
同人になれと云ったり
原稿のさいそくや集金郵便をお差し向けになったり
わたくしを苦しませぬやうおねがひしたいと存じます
に表れる。良い意味での慢心と呼ぶこともできる。或いは、嬉しい悲鳴の予告と呼ぶこともできる。

第二集を読んだ第一の感想は、第一集と比べて宗教に直接言及することだ。五輪、地蔵菩薩、普賢菩薩、等々。
二番目の感想は、美しい文章が一つも無かった。あの法華堂建立勧進文の名文を書いた賢治が、なぜ第二集のやうな文章しか書かないのか。これは宮澤賢治と私で、文章への感性が異なるからだ。
三番目の感想は、第二集が第一集の後継であるなら、私が第一集で採り上げた二つの名文は、賢治の目指したものではないことになる。
四番目に、第二集には心象スケッチあり、物語あり、記録あり、考察がある。それらを現代詩の形式で記述した。さう感じた。

七月十七日(月)
第一集の目指した方向を調べるには、第二集が貴重だ。また第一集で草野心平や高村光太郎が何を賞賛したかを調べるにも第二集は貴重だ。
私は1000 宮澤賢治の「春と修羅」で指摘した二つだらうと強い確信を持ってきたが、第二集を読むと確信が崩壊する。

今回の特集では宮澤賢治学会イーハトーブセンターが平成10年(1998)に出版した『「春と修羅」第二集研究』を読んだ。と云ふよりは、1000回特集を書くため借りた中に、この本があった。今回の「春と修羅 第二集」はこの本がきっかけで書いた。書く内容は充分にあるはずだったが、昨日四つにまとめたところ、すべて書いてしまった。
この本で印象に残ったのは西域、西蔵、密教の記述だ。私と宮澤賢治では文体への感性がまったく異なるため、共通点が少ない。数少ない共通点に、放置しておくと興味を持つ範囲がどんどん広がることがある。賢治は法華経から西域、西蔵、密教、他宗教へと広がった。私は上座部仏教、他宗教へと広がる。経由の違ひは時代の相違だ。賢治の時代には上座部仏教は日本では重視されなかった。
賢治は死を目前にしたとき法華経に回帰した。私自身は回帰しないと思ふ。これも時代の相違で、日蓮の教へは他国侵逼の虞のあるときにのみ流行する。(完)

宮沢賢治23

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