九百九十三 世の中に役立つ投資
平成二十九丁酉年
六月十日(土)
先日二戸の不動産を購入した。居住者の経営する会社が倒産し裁判所の競売に掛けられた。或る不動産屋が平行して任意売却を目指した。私が早速手を挙げたが、その前に別の不動産屋が見に来て買はなかった。そこで私が購入し、裁判所は取り下げになった。
居住者は引き続き住めるし、私は家賃収入(金額は高くなく、権利金や敷金は預からなかった)が入るし、先方こちら側両方の不動産屋さんも稼げたし、皆が円満で良かった。
こちら側の不動産屋さんは競売を得意とし、今回のやうなリースバックも手掛けて来たから安心だ。家賃保障会社も無事通った。心配な点は二つある。
まづ駅から徒歩圏だが街がやや寂れる。経済誌でも寂れた住宅地としてここが紹介されたことがある。私は前回内覧の約束時間より一時間半前に着き、(1)自動車で走れる坂の多い道路、(2)徒歩のみが可能な坂の少ない小道、(3)線路の反対側で完全に平坦だが少し遠回りの道、の三つを歩いた。一時間半があっといふ間に過ぎた。先方不動産屋の表示時間は(2)、街が寂れた理由は(1)だが、代替経路(3)で可能とみた。
二つ目は、背後地が4mでなだらかに下がる。ここは市有地だから気にしなかった。ところが契約当日に突然云はれたのだが、崖条例で下端から高さの1.5倍は建築できないかも知れない。私有地の幅を4mとすると敷地内2mか。将来の再建築のときは後方を空けるか改築で済ませばよいだらうと考へた。一般の取引なら白紙に戻すところだが、任意売却なのでそのまま進めた。
あと先方の不動産屋は前回都市ガスだと言っていたのに、契約当日に突然、集中プロパンガスに変った。これも任意売却なので大目に見た。

手続きに三時間掛かった。売主、買主、双方の不動産屋、債権者からは信金保障の職員と地方税滞納で二つの自治体の公務員、司法書士、賃貸は売主のお子さん二人が一戸づつ。これらの人たちが入れ替はり立ち替はり出入りし、終了したときはさすがにぐったりした。

六月十一日(日)
決済は現金で、場所は先方が取引する信用金庫と連絡が来た。私の取引する信金のカードはその信金で卸せる。しかし一ヶ月に五十万円までだ。そのため契約の前日に休暇を取り現金を卸した。支店長くらいの人が対応したが、何に使ふのか訊くので不動産購入と決済場所の信金名を言った。額が大きいので犯罪や脱税に関係しないかを金融機関は聴くやうだ。金融庁の行政指導があったのだらう。
先方の信金へは郵送かと訊かれたので持参すると答へると、大金なので大丈夫かと云ふ。私の妻が証券会社に勤めたころは300万円くらいは持ち運んだから、今回も大丈夫ですよと答へると、信金の方も昔は数百万円を持ち歩いたが、自分のお金だと緊張するさうだ。これは一理ある。業務での現金輸送は万一盗難にあっても会社が負担する。日常の利益は会社が受け取るのだからリスクも会社が負担する。個人のお金だと自己責任だから緊張する。
お金を受け取るとき支店長くらいの方は、束になり封印したものはそのままにして、端数の一万円札を左手で折り一枚づつ数えるやり方のあと、念のため扇状に広げるやり方でも数へた。私は後者の数へ方ができない。妻も証券会社だったのに後者はできないさうだ。私は前者のやり方は母から習った。母は昔、鉄道会社でお金を数へる仕事もしてゐた。母も後者はできないさうだ。つまり昔は金融機関も経理部門も後者のやり方はしなかった。思へば1万円札が世に現れたのは昭和三十三年(1958)。それから物価は十倍以上に上がった。本来は10万円札を発行すべきだ。

六月十三日(火)
任意売却は今回が始めただが、競売はこれまでに四回参加した。しかし一回も落札してゐない。競売セミナーの講師を兼業でされてゐる派遣社員の方は十五回参加して三つ落札だから、比率はこの程度なのだらう。
惜しかった物件があった。たまたま別の物件を調べたついでに土地だけ競売の物件を見た。債務者のお母さんに話を伺ふと、怪しげな器械を買はされて代金を月賦で支払ってゐたが、支払いが滞って月賦会社が裁判所に競売を申し立てた。その器械は電源を切るとブザーが鳴る。私が調べたところ狭いラックの中に無停電電源装置と売れ残りか中古品の外付けディスクやらLAN分配装置やらが繋がる。電源を切り鳴ったブザーは無停電電源装置を止めて解除した。パソコンが無いのにディスクやLAN装置だけ1年以上昼夜を問はず電力を消費させるとは悪質だ。
私が見たところ新品だと全部で20万円。中古品だから全部で5万円か。こんなものに200万円以上の契約を結び、1年以上月賦を支払ひ、つひに競売に掛けられた。親名義で隣接地もあり、家は双方にまたがる。取り合へず私が落札すれば地代を頂いてそのまま住むといふことで話はついた。
問題はその契約だ。息子さんは事情を話さない。脅迫されてゐるやうでもない。時効前だから、私は警察署に相談することを薦め、お婆さんが数日後に行った。しかし本人が行かないと事情が判らない。二回目は本人が行くことが決まり、その数日後に私が再度訪問することになった。片道電車賃が3000円くらい掛かるが訪問すると、息子さんは警察に行かず戻ってきたと云ふ。
これで私もがっかりして安い金額で入札書を書いた。僅差で月賦会社が落札した。この物件は隣地が競売対象外だから地代の滞納はあり得ない。絶対に損のない物件なので、お金のことだけを考へるともう少し高く入れればよかった。
その後、お婆さんから3回ほど電話があり、昨日月賦会社が来て土地を明け渡せ、書類に印鑑を押せと云はれたさうだ。私は不動産に詳しい弁護士に相談するやうアドバイスをして、書類には印鑑を押さないやう注意した。その後は電話が掛かってこなくなったのでどうなったか判らない。

六月十五日(木)
不動産の調査は徒労に終はることが多い。一昨日に書いた競売の物件では、一回目は普通に切符を買った。二回目は息子が警察署に行ったと云ふので青春18切符を買った。五日分乗れるので、残りの四回で小田原、房総半島、松本を回った。
松本は私に土地勘があるので強みを生かさうと一泊二日で出掛けた。ところが本命の二件が出発前日に取り下げになり、しかしビジネスホテルは予約してあったので、三角(競馬新聞で△の付いたもの)の広岡・細野・南甲府、穴馬の酒折を見て回り、結局どの馬券も買はなかった、ではなくどの競売も参加しなかった。酒折がなぜ穴馬なのかと云ふと、一階は倉庫、二階は事業所でそのまま営業を継続できるかも知れない。しかし近所の人の話でも営業を停止してかなり経つ。外の階段を上がると扉の鍵が開いたままで中は空だった。これらを列車の発車時刻ぎりぎりまで調べたため、連歌発祥の酒折宮には寄らなかった。
最近、投資用にマンションの一室や一軒建てを不動産屋に紹介されて買ふ人が多いが、気を付けたほうがいい。儲かるなら客に勧めず自分で買ふはずだ。不動産は自分の足で地道に調査すべきだ。(完)

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