九百三十四 悪魔の指標、私欲指数

平成二十九丁酉年
一月十八日(水)
かつての米ソ冷戦時代に、ハト派は左翼とタカ派の中間として存在意義があった。ところが米ソの冷戦が終了すると中間派はリベラルとなり、新たに左翼崩れが加はり有害な存在になった。米ソの冷戦時代とは別の指標が必要になる。私欲指数と云ふやうなものが必要だ。私欲指数を用ゐるとリベラルや左翼崩れが如何に悪質かが判る。

一月二十三日(月)
お年寄りが電車に乗車したら席を譲るなど、人間には私欲とは別の感情がある。最近はお年寄りがゐても席を譲らない人が多く、それは優先席を作ったためだから別の問題だ。
日本の政治勢力を分析すると、民主主義だ自由だと叫ぶだけの連中がゐる。「日本死ねの民進党」に多い。江戸時代や東條内閣の時代に民主主義や自由を叫ぶなら判る。今の時代に叫ぶことは、つまりは何もしないと云ふことだ。そればかりか民主主義は本当の民主主義ではなく私欲に基づく多数決だし(特に「日本死ねの民進党」は「ニセ労組シロアリ連合」と「アメリカ猿真似勢力」の野合体だからその傾向が強い)、自由の世の中で自由を叫ぶことはつまりは新自由主義経済に至る。
民主主義だ自由だと叫ぶだけの連中は私欲指数が異常に高い。

一月二十八日(土)
本来は社会指数或いは共同指数と呼ぶべきだ。ところがこれらは語感が悪い。だから100からこれを引いたものを私欲指数とした。猿を集めると群れを為す。犬を集めても群れを為す。同じやうに人間を集めると社会を形成する。この自然の法則に逆らふのが民主主義だ自由だと叫ぶ連中だ。
もちろん本当の民主主義なら尊い。本当の民主主義とはすべての国民が社会の運営に責任を持ち投票、発言することだ。ところが彼らの叫ぶ民主主義は私欲による多数決だ。だからニセ労組シロアリ連合の圧力に屈する。

一月三十日(月)
私の発言自民党は自主憲法、旧革新勢力は社会主義、公明党は戒壇建立を目指せはなかなか名言だと思ふ。前回は公明党の部分が「国立戒壇を目指せ」だったが、昭和四十六年に創価学会が信徒団体として所属してゐた宗派の貫首(同派では法主を自称)が、国立戒壇と云ふ言葉は明治時代に国柱会の田中智学が言ひ始めたものなので今後は使はない、しかし今はまだ広宣流布ではないと決定した。この決定は私も反対ではないので、国立の語を抜いた。どこが名言かと云へば、私がこれまで主張してきたことは、この発言から外れてゐない。私のホームページはよく読まないと、左傾化した、右傾化したと思ってしまふが、この発言から外れたことはない。
この発言の根本にあるものは、民主主義だの自由だのと叫んで共同指数を下げてはいけない、つまり私欲指数を上げてはいけない。人間は自然にしておけば私欲指数が一定のところで止まる。猿が集団を作るのと同じだ。ところが西洋の猿真似で民主主義だ自由だ、更に最近は立憲主義だと叫ぶことは私欲指数を上昇させる。

二月五日(日)
三人を年齢順に並べたとする。次に身長順に並び替へたとする。一回目と二回目では右、中央、左の順番が入れ替はる。政党も同じだ。かつての冷戦時代には、共産主義国への信密度の低い順番に自民、民社、公明、社会、共産と並んだ。ソ連が崩壊ののちは指標がなくばらばらになった。私欲指数で並び替へると判りやすい。従来の基準では中間に位置する「日本死ねの民進党」が最も高い。本来共産党と社民党は低いはずだが、実現不可能なことを口先で云ふだけでは社会はよくならないし、唯物論を掲げて社会を破壊する言動は共同指数が民進党に次いで低い。つまり私欲指数が民進党に次いで高い。(完)

二月七日(火)追記
今回から(消費税反対その百十四)と(消費税反対、国の獨立、シロアリ退治その百七十九)を統合し、過去に五つ両方を兼ねたものがあったためその数を引いて(消費税反対、国の獨立、シロアリ退治二百八十七)としました。
かつては社会党が社会民主主義と共産主義、公明党が新社会主義または人間性社会主義、民社党が民主社会主義、共産党が共産主義による社会主義を掲げた時代もあり、私はその時代の記憶があるから社会主義と云ふ言葉に抵抗が無い。しかし若い人は共産主義の粛清と弾圧と云ふ印象を持ちます。
民主主義は逆に、既に達成されてゐるので既得権に群がるシロアリどもが守旧の目的でこれを叫ぶ。また日本を西洋化する目的でこれを叫ぶ人間も現れた。
そのため社会主義と民主主義を省き、代はりにシロアリ退治を入れました。


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