九百十四 「講座マルクス主義哲学」を読む

平成二十八年丙申
十二月六日(火) 4「現代の観念論哲学」
「講座マルクス主義哲学」と云ふ五巻の書籍がある。たまたま哲学の本を二つの図書館から合計七冊借りたときの一冊に4「現代の観念論哲学」が混ざってゐた。「寄贈昭和60年5月23日日立販売専修学院殿」と云ふスタンプがある。他の本は読んでみたものの何も印象に残らず、或いはあまり読まずに返却した。西洋の哲学はアジアには合はない。さう確信した。4「現代の観念論哲学」だけはまだ返却してゐない。役に立ちさうなところを抜粋した。まづ秋間実さんの書いた
実存主義者たちのように、自然科学・技術の発展を直線的に「人間疎外」に結びつけ、また(中略)核戦争による人類滅亡の危機に結びつけて、くらい調子で議論することに賛成しないとともに、他方、ブルジョア・イデオローグたちが、エレクトロニクスなどの発達を(中略)手ばなしの楽天感を手がけることにも、賛成できないのである。
次に橋本剛さんの
ドイツでは、ビスマルクの鉄血政治に批判的なリベラル派も(以下略)
この本の出版された昭和44(1969)年にもリベラルと云ふ言葉はあったことと、今では悪い意味のリベラルも昭和40年代は良い意味だったことが判る。次に佐藤毅さんは新フロイト派のホルネイについて
ホルネイは(中略)個人的競争のうえに打ち建てられている「文化」、潜在的な敵意を生む「西欧文化」(中略)などがそうした神経症を第一に準備する土台であるというのである。


十二月七日(水) 1「マルクス主義哲学の根本問題」
残りの四冊を借りた理由は、マルクスの思想には現在でも役に立つ部分と、当時の社会情勢で書いたので今では役立たない部分がある。左翼崩れのリベラルと称する連中は、前者を捨てて後者を信じるから社会に有害となるに相違ない。だからマルクスの思想から前者と後者を分別しよう。それが理由であった。
1「マルクス主義哲学の根本問題」の第一章で古在由重さんは
「古典的」といわれている哲学は、みなそれぞれ時代の課題に深くかかわっています。
私はやはりそういうときに、別に民族主義者ではないけれど、日本の哲学者としての立場から(中略)ヨーロッパでこういう問題が新しく論じられているから、それを息せききって追っかけなければならないという姿勢ではなく、日本の現実のなかで(以下略)
これは同感だ。共産主義が駄目だったからといって、西洋の社民主義に飛びつき、それでも駄目だったから今度はアメリカ民主党の猿真似をする。リベラルと称する連中が社会に有害なのは、まづここに原因がある。次に
ルネサンス以来、ヨーロッパで近代自然科学が発展したということには、生産力の発展にたいするブルジョアジーの要求が根本によこたわっている。F・ベーコンなども明らかにそのことをいっています。
最近、基礎研究は役に立たないと云はれるが誤りだ、と云ふ主張がある。私も誤りだと云ふ主張に賛成で事実を追及することは重要だ。しかし基礎研究自体がやはり生産力発展に将来は役に立つだらうと云ふ期待が背後にある。生産力発展とは無関係の学問を追及する必要がある。
マルクス=レーニン主義については、第二次大戦後、(中略)五〇年代の末までは一致団結を誇っていました。その後、中ソ間とか、(中略)そしていまなお、かつて人々が抱いていた社会主義のイメージとはちがったような否定的な現象が、いろいろなかたちでおこっていることも、争えません。(中略)「もはや社会主義というのもだめなのだ、いくら社会主義国をつくってみても人間性というものは変わらずに、相変わらず矛盾や衝突が絶えないではないか」と。
最後の「 」内は正しい。人間性が変らない理由は、そもそも近代文明が人間性を破壊した。それへの対抗がマルクスのはずなのに、レーニン以降の人たちは更に人間性を破壊した。スターリンの粛清や毛沢東の文化破壊活動やポルポトの虐殺が発生した理由はここにある。

十二月十日(土) 1「マルクス主義哲学の根本問題」続編
第二章「弁証法・認識論・論理学の統一」で寺沢恒信さん(都立大学教授)は
一九二〇年代のはじめに(中略)革命後のソ連邦における理論活動の一つの中心になった(中略)のが、ア・エム・デポーリンとその学派である。(中略)デポーリン学派に対立していたのが、「機械論者」とよばれたグループであって、(中略)「機械論者」とよばれていたけれども、主観的にはマルクス主義者のつもりだったのであって、(中略)マルクスやエンゲルスのことばを形式的に理解し、その結果、客観的にはマルクス主義から逸脱していたのだった。


デポーリン学派と機械論者の中身が重要ではない。当時から解釈は幾らでも拡がったことが重要だ。もう一つ重要な事は、資本主義と共産主義のどちらが正しいか、或いは両方間違ってゐるのかは政策の内容とその結果で判定すべきであって、哲学ではない。それにも関はらず哲学の内容で判断した理由は、従来の文化(人間関係を含む)を否定したためではないのか。毛沢東の文化大破壊も、ポルポトの大虐殺も、その源流はここにある。

十二月十日(土)その二 1「マルクス主義哲学の根本問題」続々編
第五章「マルクス主義と倫理の問題」で湯川和夫さん(法政大学教授)はまづ
世界史的な事実としての近代化の過程は、資本主義化という側面と民主化という側面--この二つの側面をふくんでいる。(中略)両者は質的に異なった二つの側面である。

ここまで賛成だが、資本主義化する前の経済が何だったかを共産主義者は無視する。或いは封建主義経済と名付ける。私は自然経済とすべきだと思ふ。自然経済とは自然保護を進めるとゐふ意味ではなく、自然に成立する経済だ。物々交換でも貨幣経済でもよい。人間の労働の対価を交換することで成り立つ経済だ。共産主義者は資本主義の反対側に社会主義を置くから、自然経済を向かう側に追ひやってしまふ。だから社会主義は負けた。自然経済の高度生産力の時代が社会主義だ。このやうに定義すれば社会主義は人気が出た。
次に民主化とは、これも封建主義の反対側にあるとしてはいけない。それでは日本の場合、江戸時代までと明治維新以降の歴史が断絶してしまふ。資本主義下で民主主義が出て来たが、歴史が浅くその間に、労働者の困窮、帝国主義戦争、地球温暖化と野生生物の激減を生んだ、封建社会はあるべき社会が堕落したものでその理由は平衡作用が働かない(天下を握った人が次々と権力を増大させる)ためであった。このやうに定義しなくてはいけない。
民主化ということばは(中略)個人の解放という側面と人民の解放という側面、この二つの側面をふくんでいる。

米ソ冷戦が終結した後に、左翼崩れのリベラルどもは個人の解放のみを主張する。それも「働かないでたらふく食べたい」「黙ってトイレを詰まらせろ」を編集方針に掲げる社会破壊拝西洋新自由主義戦没者冒涜反日パンフレット(自称朝日新聞)を筆頭に、ニセ労組シロアリ連合やシロアリ民進党など自分勝手な連中がやりたい放題のことをする自由のみを主張する。それと比べれば、湯川和夫さんの主張は、当時の革新勢力と同一で、人民の共同体社会を重視する一面も肯定するから、まだ当時は国民の支持を得ることができた。その表れが革新知事、革新市長だった。
しかし人民の解放と言ってみても伝統がないから、冷戦が終結すると個人の解放だけが残ることになった。伝統のある人民の解放は、科学と生産力が未発達の時代には先ほども述べたやうに平衡作用が働かない。古典文学や宗教の経典を参照して精神を鍛へ、それで社会を運営させるのが一番よい。つまり昔からの方法が一番よい。

十二月十五日(木) 3「現代科学と唯物論」
(1と4を返却しようとして間違へて1と2を返却してしまった。2は後日読むことにして3に入ることにした)3「現代科学と唯物論」では科学の成果をさかんに記すが、だからといって共産主義が科学的とはならない。法政大学、東京大学、北海道大学、東京工大、明治大学の各教授と東京大学は教授の他に講師も執筆したのに第7章以外は有益とは云へない。共産主義国で大切なのは政府の政策であり、スターリンなどは哲学をさかんに主張するがそれは粛清の言ひ訳にさへならないのと同じだ。第7章「政治学の方法」では
人間の欲求は多様であり、(中略)なにがもっとも基本的な欲求であるのか、(中略)「近代」政治学は、これらの問題に、満足すべき解答を与えていないし、(中略)なぜなら、その基礎にある歴史・社会観は、歴史を形成する人間の目的をたてる動機(事物にたいする欲望、他の個人にたいする愛憎、名誉心、「正義にたいする感激」等)にのみ着目して、これらの動因の背後にどのような推進力が存在するか、という問題を提起することすらできない観念論的それであるからである。
このあと、史的唯物論のみが正しい解答を与へるとして
人間が生きるためには食、住、衣その他の必要のための諸手段(中略)を算出しなければならず(以下略)
これは事実だが、最低限の必要物だ。最低限の必要物すら得られないのが社会変動の著しい資本主義の初期だったし、帝国主義の初期だった。社会が一旦、平衡に向かふと史的唯物論は無用になることを史的唯物論の側から示してしまった。

十二月二十三日(金) 5「現代日本における思想対立」(その一、序論)
「序論 現代日本における思想対立」は森宏一さん(哲学者)の執筆で
「単独講和」がおこなわれたのちにも(中略)日本にたいするアメリカの支配が保持されつづけてきていること(すなわち、アメリカへの従属)、--これらのことから、人々の社会生活においても資本主義的な社会関係が強力に支配してきて、たとえば旧来の家族制度はいわゆる「核家族」の形態に地位をゆずり、個人主義的原理がひろく深くゆきわたるとともに、しかもこうした社会生活には、風俗や生活態度のうちにアメリカ化が浸透してきた。
ここまで賛成だ。家族制度とは両親のほかに伯父伯母叔父叔母が加はった三代若しくは四代に亘るもので、核家族はこれとは別のものだと昭和四十年頃までは考へられてゐたことがよく判る。アメリカ化の浸透にも反対なことがよく判る。社会党解党ののちのリベラルと称する連中の核家族さへ破壊しようとする主張やアメリカ化を推進しようとする主張がどれだけ邪悪なのかがよく判る。と同時に当時はなぜ社会党や共産党の革新勢力に人気があったのかもよく判る。総評が昭和四十二(1967)年に実施した組合員への調査によると
資本主義制度をみとめるもの五.三パーセント、資本主義に改良を加えていくとするもの五一.八パーセント、社会主義への移行をのぞむもの二四.二パーセントその他となっている。
それは昭和三十一年のスターリン批判の影響が大きいと私は思ふ。森さんは別の解釈で
アメリカ帝国主義への、政治的・経済的な依存・隷属にたすけられて立ちなおり展開されてきた日本独占資本の(中略)資本主義諸国のうちで(中略)世界第二位の地位にせまっているという(以下略)
当時は米ソ対立の時代でしかも日本はアメリカの影響下だから、アメリカを帝国主義と批判すればそれなりに人気は出た。しかしスターリン批判の後だから過半数にはとうてい達しない。それより日本独占資本と一概に批判してよいのか。戦前の四大財閥なら独占資本でもよい。戦後は株式が分散し従業員の出世競争のなかから経営者が現れるのだから、実は社内の社会主義が達成された。しかしこれは国全体の社会主義ではないから半分社会主義だ。
この当時は大企業と中小企業に賃金格差があまり無かった(中小は高度経済成長に乗り遅れたところは倒産したり給料が低かったが、それ以外は人手不足の時代だから、逆に大企業だから給料は低いと云はれた)。この時代に企業別組合を崩し中小を含めた職能別にしておけば、総評は解体することが無かったに相違ない。
森さんはこのあとスターリンの個人崇拝をハンガリー事件、中ソのイデオロギー対立、チェコスロバキア問題と並べてマイナスの影響を与へたとするが、スターリンは個人崇拝だけではなく同僚を次々と殺害した。その権力志向こそ社会主義の人気が無い最大の理由ではないのか。森さんは最後に、実存主義思想を小ブルジョア知識人の意識から生み出されたとする。その次に
社会主義実現をその立場としている政党には、日本共産党のほかに、日本社会党、民主社会党、公明党がある。このうち日本社会党は思想という点では、その発言がとぼしい。
ここは同感だ。次に公明党について
人間性社会主義をとなえるものの、(中略)じつは、修正資本主義を高僧しているにすぎない。
森さんは共産党の立場から資本主義と社会主義を想定するが、その前に自然経済主義があることを共産主義者は知らない。自然経済主義の堕落したものが封建経済と考へてよい。次に民社党について
民社党の綱領をみると(中略)「マルクスもその出発点においては倫理的社会主義者であった」と書く。一九五一年七月一日の『フランクフルト宣言(以下略)』にも、その第三節で「民主社会主義は資本主義の経済的な不足や大衆の物質的圧迫のゆえだけでなく、それが大衆の道徳的な感覚を害するがゆえに、資本主義とたたかうのである』としている。ここには、(中略)たんに倫理とか道徳とかの駆りたてによって社会主義がもとめられているとのみ説かれている。ところが、労働者階級が社会変革の主体になるのは、(中略)生産力の発展に根ざして、生産関係にその反映をもたらす階級間の闘争にもとづくのであり(以下略)
ここは民社党の主張に賛成だ。唯物論に基づいてあっと云ふ間に社会主義になるなら森さんの主張にも一理ある。実際は唯物的にはならないで人間の感情や良心、悪心が働く。だから倫理と道徳を重視する民社党が正しい。しかし私は20歳になった最初の選挙では民社党に投票したが、それ以降はほとんど共産党を今年春までは応援してきた。それは民社党は民主社会主義を信じない。あるのは同盟の大企業労組出身の資本主義下で自分たちだけよい思ひをしようとするシロアリ根性だからだ。だからその後、民社党は民主党に合流した。そこには民主社会主義のかけらもない。そして民主党はシロアリ化した。
共産党についてはシロアリ民進党と選挙協力をしたため、共産党への支持を取り止めた。実際には昨年の全労連のメーデーに参加してみて、共産党は単純唯物論(いはゆるリベラル)に転落したため支持するのも長くはないだらうと感じてゐた。

十二月二十八日(水) 5「現代日本における思想対立」(その二、現代日本の反動思想)
第二章「現代日本の反動思想」で北村実さん(早稲田大学助手)は
天皇制国家主義という一元的な思想体系が全一的な支配力をふるっていた戦前の日本では、「国体の本義」が

江戸時代や安土桃山時代や戦国時代も天皇は将軍や関白を任命したが、この当時と戦前、戦後はどう違ふかは学術的に考察すべきであって「天皇制国家主義」の一言で済ませてはいけない。欧米列強に対抗するため、天皇を西洋の元首に擬したのではないのか。或いは欧米はキリスト教で国を纏めてゐたので、日本にも一神教を創らうとしたのではないのか。欧米の武力と対抗すると云ふ目的が根底にあった。それらをきちんと考察すべきだ。
だが、敗戦に寄る絶対主義天皇制の解体は、(中略)日本の民主化を要求するたたかいの高揚と前進によって、「主権在民」と「平和主義」とを基調とする新憲法が成立し

これだと国民運動で憲法が制定されたみたいだが、本当はGHQに押し付けられたものだ。六〇年代の経済成長で
軍国主義復活の経済的基盤はととのったが、日米独占は日本国民に軍国主義思想を鼓吹することに成功していない。そこで(中略)国家意識・民族意識の鼓吹をはかる新たな国家主義思想が(中略)登場してきた。
第五巻の執筆者は講師を中心に助教授と助手が一人づつで、年代が若い。かつての「民族独立行動隊の歌」の時代とは雲泥の差がある。この本の出版されたのは昭和四十四年。ベトナム戦争はまだ続くのに終戦のとき十二歳だった北村さんはGHQにかなり洗脳されてしまった。日米独占なんて批判するからアメリカとは別の道を歩むやうに見えながら、アメリカに洗脳された体制をありがたがる。こんにちの共産党の原型が既に見られる。
北村氏は反動思想として、新国家主義、「日本文化」論、「近代化」論を挙げる。「日本文化」論では
日本文化特異論であって、東西文化の比較から日本文化の特殊性をあらためて認識しなおすというのが共通の手法となっている。
私は日本文化の特殊性には絶対に反対だ。世界中に対して日本だけ特殊と云ふのでは今後存続は不可能だ。だから非欧州は伝統の文化をそれぞれ守り、世界が共存しようと云ふのが、私の主張だ。
私はここまで北村さんの云ふ日本文化論への批判であって北村さんへの批判ではないが、このあと北村さんは
文化の一般性をしりぞけ、インターナショナルな見地を放棄すれば、日本文化の特殊性の再認識・再評価、伝統への復帰といった方向に進まざるをえない。
文化の一般性とは何か。西洋文明のことではないか。マルクスの思想が広まったのは、一つはロシア革命だし、二つは第二次世界大戦後の東欧だし、三つはベトナム戦争などアジアに於いてだ。一つ目はレーニンの狭量で変質したし、二つ目はスターリンの権力欲で変質した。三つ目も毛沢東、ポルポト、金日成の息子の権力志向で変質したが、アジアでの民族独立運動まで間違ひに含めてはいけない。西洋文明で一般性とする北村氏の主張は重大な過ちだ。
「近代化」論について北村さんは
六〇年の安保闘争の後駐日大使としてライシャワーが赴任し、(中略)「近代化」論が日本にはいると、まもなく二つの方向に分岐した。「近代化」論が歴史を近代化=工業化の課程としてとらえるところから、一方に、日本帝国主義の戦争と侵略の血にまみえた歴史を「近代化」の課程として合理化する方向が出現し、「日本への回帰」をよびおこし、ナショナリズム論に道をひらいた。

まづ新しい制度は平衡に達するまでに時間がかかり、その間に残酷な現象が起きることを北村さんは知らない。だから西洋に資本主義が発生したときに労働者は悲惨な生活に陥ったし、生産力が向上すると販売先を確保するために帝国主義が発生した。日本も同じで、西洋文明が流入するとまづ明治維新が起きたし、日清戦争から第二次世界大戦まで軍部の発言力が増大した。西洋の文明自体が現在の地球温暖化問題が出てくる前に、常識で考へて地球を滅ぼすことは明らかで、それへの平衡はまだ取れてゐない。この観点で北村さんの主張を見ると、西洋文明が平衡に達してゐないことに気づいてゐないし、日本帝国主義が西洋猿真似による平衡に達してゐないことにより発生したことに気づいてゐない。恐ろしいことだが、現在の日本共産党の路線はほとんど北村さんの主張と同じだ。共産党も世代による弊害を乗り越えられない、つまり思想は文化とそのときの社会情勢を土台とする建築物であり、土台が壊れれば上は壊れることを免れることはできないことを示す。

十二月二十九日(木) 5「現代日本における思想対立」(その三、民主社会主義の思想)
第三章「民主社会主義の思想」で山科三郎さんは
民主社会主義は、マルクス主義の外部からそれに対抗する思想として形成されたイギリスのフェビアン社会主義とマルクス=レーニン主義の内部からマルクス=レーニン主義に敵対する思想として形成されたドイツの修正主義--のちの社会民主主義--とに思想的源泉を持ち、そのふたつがたがいに補完しあいながら合成されたものである。

マルクスは数ある社会主義者の一人だった。たまたまレーニンが本人も予想してゐなかった怪我の功名で政権を奪取したため、マルクスとレーニンは有名になった。それだけのことだ。だから最初からマルクスが唯一正当でありそれへの対抗軸としてフェビアン社会主義を批判することは正しくない。レーニンとは異なる方法を修正主義と批判することも正しくない。それにも係はらず私が社会民主主義や民主社会主義に反対だったのは、かつてそれらを信奉した社会党中間派と民社党が、それらを捨て去り「日本死ねの民進党」に参加したことでも明らかだ。
フェビアン社会主義について山科さんは
(イ)精神生活の向上、(ロ)個人の倫理的自覚、によって資本主義社会の道徳的腐敗を克服することを目標にかかげた(以下略)

これなら私はフェビアン社会主義に賛成だが、宗教なしに或いは伝統の継承無しで果たして精神生活の向上や個人の倫理的自覚ができるのかと疑問が残る。
イギリスの伝統的な経験論にもとづいて『最大多数の最大幸福』を主張し、労働者階級の歴史的使命と社会主義革命の歴史的必然性に攻撃の焦点をむけている。

ここは山科さんの主張に賛成だ。『最大多数の最大幸福』と云ふ言葉は偽善の悪臭が漂ふ。しかしイギリスの伝統的な経験論だとすると、イギリス社会ではこれが機能するのかも知れないし、イギリス自体が偽善なのかも知れない。労働者階級の使命と云ふがそれはエネルギー変換機能としての労働だ。今は化石燃料浪費だから労働者階級は消滅した。
ドイツ社会民主主義について
(一)社会的富の増大と中間層の増加という現状認識を理由に窮乏化理論を拒否すること、
(二)(前略)社会主義は議会をつうじて「近代的社会秩序から高度な社会秩序への移行」であると定義し、ブルジョア民主主義を礼賛し、プロレタリアート独裁を拒否したこと、
(三)社会主義は、道徳律を基礎に労働者の知的・道徳的成熟と生産力の増大によって組織され、達成される自由主義であるとし、唯物論的世界観をすててカント的倫理主義におちいったこと、である。

まづ(一)は社民主義が正しい。と云ふよりは窮乏化が進めば社会主義になるし進まなければならないのだから、拒否するも何もない。明日晴れたら運動会だし雨が降ったら延期すると云ふのと同じで、拒否するも何もない。そんな琴り、増大した中間層をどちらの味方にするのかが重要なのに言及してゐない。(二)は議会が民意を反映するなら議会がよいが、議員は生活費を稼ぐ意識で立候補するし、投票者は国の行く末を見据へて投票するのではなく自己の利害で投票する。その結果、半数切捨ての半数幸福になる。そのことをブルジョア民主主義と批判するならよいが、山科さんはさうではあるまい。(三)の道徳律を基礎にするのはよいことだが、伝統的な人間関係社会習慣の継承なしに行へば偽善となる。マルクスの時代はこれらが破壊され今にも消滅しさうだったから生産力による唯物論を考へたが、実際は現在に至るまで伝統的な人間関係社会習慣は消滅してゐない。だとすれば唯物論ではなくこれらを用いて世の中を動かさないといけない。唯物論は二つあり、一つは共産主義、もう一つは資本主義だが、これらの行き着く先は前者がスターリン、毛沢東、ポルポト、後者がグローバリズムと地球破壊であることを考へるとき、伝統的な人間関係社会習慣が重要になる。決してカント的倫理主義ではない。
一方で社民主義は
ドイツ帝国主義による海外侵略を「ヨーロッパ人による熱帯諸国の領有は必ずしも原住民を害するものではない。・・・・ここでは非常のばあいには、より高度な文化が高度な権利をもつ」と弁護してはばからなかった。

社民主義によるこの主張は絶対に反対だ。と同時に現在に於いても西洋のやり方を押し付けやうとするアメリカや欧州、それに追従して民主主義だ自由だと叫ぶ醜い日本のマスコミも同罪だ。

十二月三十日(金) 5「現代日本における思想対立」(その四、「市民主義」の思想)
第四章『「市民主義」の思想』で河村望さん(東京都立大学所教授)は
現代における「市民主義」は、もちろん、(中略)基本的には個人主義、自由主義の立場にたっている。しかし(中略)「市民」を象徴的な、超歴史的な存在としてとらえている点でかつてと異なった特徴をもっている。

そのかつてと異なった特徴がソ連崩壊後に活動の場を見出せなくなった人たちの安易な活動先となり、これは社会に有害だ。活動の場が無くなったら活動を停止し組織や新聞社を解散すればよいのに既得権にしがみつくから社会に有害な運動や言論を行ふやうになるのではないのか。
次に日高さんの主張を紹介し
日高六郎氏は、一九六〇年の安保闘争のさいにたちあがった「市民」を(中略)階層、職業、年齢、性別、思想的立場の相違をこえ、とくに言論、思想、信仰、集会、結社等の自由をかたく守って一歩もゆずろうとしないところに、その基本的特徴がある

とした上で、マルクスの
「なぜ市民社会の成員は『人間』、ただの人間とよばれ、なぜかれの権利は人権と呼ばれるのか」についてマルクスは、(中略)孤立化した原子としての人間の自由、私有財産への権利のうちに表現された利己主義的権利とした

を紹介する。私はマルクスの説に賛成だ。言論、集会などの自由は相対的なものだ。自由が行き過ぎれば規制が必要だし、規制が過ぎれば自由が必要だ。日高さんは無条件に自由がよいと主張するやうに見受けられる。だとすれば力のある者、カネのあるものが有利になる。
日高氏は、別のところで、マルクス主義と「近代主義」との相違は、「近代」を「通過駅」と考えるか「下車駅」と考えるかにあるとし、後者は「近代」に「象徴的価値」をもたせるという。(中略)このような理念化が独占資本主義の段階、資本主義の没落期においておこなわれる点に、われわれは注意しなければならない。

私は「近代主義」が間違った駅に我々を連れて行ってしまった。今風に云へば地球温暖化とグローバリズムだ。マルクスは、だからと云って始発駅(封建主義)に戻ることはできないから先の共産主義駅に行かうとするのだが、間違った列車に乗ったのだから一旦戻ればよいではないかと云ふのが私の主張だ。封建主義は本当の始発駅ではない。始発駅の堕落したものだ。特に権力側の堕落したものだ。堕落する前を考へ、その一方で科学の進歩を考慮しようと云ふのが私の主張だ。

一月三日(火) 5「現代日本における思想対立」(その五、哲学上の修正主義)
第五章「哲学上の修正主義」は高田求さんの執筆で
修正主義とは(中略)マルクス主義の「放棄」である。(中略)マルクス主義の外部からマルクス主義の基本原則に修正を要求し、そのように修正されたマルクス主義ならば同意するのにやぶさかではないなどというものも、修正主義とはよばれない。
だとすると私は修正主義ではない。高田さんは更に
非マルクス主義者が(中略)さまざまなマルクス主義についての誤解あるいは曲解もまた、修正主義とよぶことはできない。
だとすれば、この点でも私は修正主義ではない。そもそもマルクス主義とは何か。マルクスの時代とこの本の執筆された昭和四十四年では時代が大きく異なる。昭和四十四年と今でも、プラザ合意による円高で国内は一変し、ソ連の崩壊で左翼も一変した。それなのにマルクスの執筆を絶対だとするなら、それはマルクス教だ。そもそも高田さんは右翼日和見主義、左翼日和見主義を批判するが、だとすればマルクスへの解釈は組織や派閥の数だけあることになる。
私が思ふに、資本主義の問題点、近代西洋主義の問題点に反対するのがマルクス主義だ。そしてマルクスの主張のうち、役に立つ部分を用い、今とは情勢が異なる部分は修正するしかない。

一月十五日(日) 2「哲学と政治」その一
第一章序論は哲学者島田豊さんの筆でマルクスの『経済学批判要綱』を引用し
「社会は、個人からなりたっているのではなくて、これらの個人が相互に関係しあっている諸関連、諸関係の総体をあらわしている。」

左翼崩れは左翼を捨てたあと自由と民主主義を叫び、それだと社会は個人から成り立つことになり誤りなことが、マルクスの著述から得られた。あと
マルクス主義哲学の弁証法的・史的唯物論を機械論的唯物論と観念論の両翼に一面化し退化させる企ては、マルクス主義の周辺でも、その内部でも、歴史の転機とともにたえず登場するが(以下略)

近代はまづ唯物論が現れた。これは機械論的唯物論だ。そして労働者の生活は悲惨になったため、その対抗として弁証法的・史的唯物論が作られたとみるべきだ。これは生産力を基本とするものだから労働者階級は金銭的に無欲となることができて、闘争も戦争もなくなると云ふものだ。しかし実際には共産主義国で権力闘争が絶えず、共産主義国同士の戦争さへ起きた。この時点で弁証法的・史的唯物論は伝統の人間関係、文化を継承しないと不安定になることに気づかなくてはいけないのに、左翼崩れは機械論的唯物論に転落し、それ以外の部分を観念論として切り捨て、リベラルと称する社会破壊、西洋猿真似に陥った。
第四章統一戦線は大阪私立大学助手反だ秀男さんの筆で
アメリカを先頭とする「自由陣営」は絶対的善であり、「共産陣営」は絶対的悪であるという伝説は、おもにアメリカのベトナム侵略とその挫折によって大きくくずれさった。

私はベトナム戦争の終了後に「自由陣営」が絶対的善だと云ふ発想が出て来たと思ってきたが、その前からあったことを示す。その理由はスターリン批判にきちんと対応しなかったことだらう。あのときスターリンを批判するとともに自分たちの今までのやり方を反省するなら、ソ連は生き残ることができた。
次に、マルクス=エンゲルスの『共産党宣言』を引用し
「ブルジョアジーは、農村を都市に依存させたように、未開国と半開国を文明国に、農業国民をブルジョア国民に、東洋を西洋に依存させた」

これは今でも続いてゐる。

一月二十二日(日) 2「哲学と政治」その二
第七章国際主義と民族主義は芝田進午さん(法政大学教授)の執筆で、マルクス=エンゲルスを引用し
ブルジョアジーは、世界市場の開発をつうじて、あらゆる国々の生産と消費を世界主義的(コスモポリティッシュ)にした。産業の足もとから民族的な基盤をとりさって、反動どもをいたく嘆かせた。古来の民族的な諸産業はほろぼされてしまい、(中略)民族的な一面性や偏狭はますます不可能となり、多数の民族文学や地方文学から一つの世界文学が生まれてくる。

マルクスの死から百三十四年経ってもそのやうなことにはならない。マルクスがこのやうな間違ひを犯した理由は、欧州の各言語は親戚関係にあり、特にスラブ、ゲルマン、ラテンの各グループは方言どうしと言ってもよい。だから一つに統合されることに抵抗を持たなかった。またマルクスの両親はともにユダヤ人の家系なので母国語のドイツ語にそれほど愛着を持たなかったと推定できる。フランスやイギリスに住んだことがこれに拍車を掛けた。
イギリスの産業革命がヨーロッパは級したのが1830年代。現代に至る180年間のうちマルクスの死以降が3/4を占める。それでゐて一つの世界文学にならないのはマルクスの予言が外れたためだが、それは当時の驚きが実物以上だったことが原因だらう。例へば地震に遭ったことのない国から日本に来た人は震度1の地震でも驚く。しかし日本に居住する人は震度1に驚く人はゐない。産業革命と社会の不平衡に驚いたマルクスは、一つの世界文学に統合されると考へてしまった。唯物論、宗教の消滅とともに三大過ちだがマルクスが悪いのではなく、時代の変化が大きかったためだ。次に芝田さん地震の書いた内容では
ブルジョアジーは、利潤を追求するかぎりで、祖国を擁護する「愛国主義者」であるが、他方、利潤を追求するためには祖国をわすれる世界主義者(無国籍主義者、民族的ニヒリスト、世界連邦主義者)でもある。

ここは同感だ。決して芝田さんが書かれた昭和四十年代の話ではない。十年ほど前にグローバリズムだのを大声で叫ぶ連中が現れた。
大工業の発展は、労働者階級を民族性・国籍をもたない国際的階級として形成するが、他方、利潤のためには祖国を無視したり売りわたしたりする世界主義的なブルジョアジーとは反対に、労働者階級のうちに、みずからの労働によって生産した物質的・精神的富、土地にたいする愛着心がうまれる。(中略)この祖国は「プロレタリアートの階級闘争におけるもっとも強力な要因(4)」である。たしかに『共産党宣言』にのべられるように、「労働者は祖国をもたない」。「祖国」がブルジョアジーによって収奪され、士はゐされているからである。しかし、それゆえにこそ、労働者階級は、この「祖国」の運命に(中略)感心をもち、それを奪還し(中略)このような世界観と政策が労働者階級の愛国主義にほかならない。

ここは良質な主張だ。(4)はレーニンの著作のページが書かれてゐる。

一月二十二日(日)その二 まとめ
私が各国の伝統文化の範疇での政治を強調するのは、日本の労働組合におけるユニオンショップと云ふ奇妙な制度が残存することに象徴される。欧州の労働運動をそのまま日本に取りこむからかう云ふことになる。日本以外だったら組合員から脱退や分裂が相次ぎ、あっと云ふ間にユニオンショップは消滅してしまふだらう。同じやうに東欧の共産主義国はすべて崩壊したのに、アジアの共産主義国は残った。中南米のキューバも残った。ここにも西欧やアメリカとは別の文化がある。
米ソの冷戦が終結した今日、アメリカや西欧の猿真似を繰り返す人たちが出現した。特にマスコミにその傾向が強い。日本だけが日本独自の方法を守ることは不可能だ。しかし非欧米地域が集団で独自の方法を維持することは可能だ。否、そればかりではない。欧米も国ごとにかなり相違がある。
世界を一つに統合しようとするのに対してかつての共産主義はその防波堤となった。だから全国に革新知事、革新市長を誕生させた。革新勢力がグローバリズムを推進するのではなくその防波堤となるとき、かつての栄光を取り戻すことも不可能ではない。しかし「日本死ねの民進党」とそれとの連立に固執する亡国共産党では不可能だ。私が「日本死ねの民進党」は撲滅する以外にないと主張する根拠はここにある。そもそも「日本死ねの民進党」はアメリカ民主党の猿真似だ。(完)


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