七百六十五 長阿含経(その二)

平成二十七乙未
十一月一日(日) 平河出版社 現代語訳「阿含経典」
前回に引き続き、平河出版社から出版された『現代語訳「阿含経典」』の感想記である。この書籍は現代文が判りやすく良書である。しかし解説の部分は一部賛成できないところがある。六巻シリーズの第二巻目は、 大本経と遊行経に続く第二経「典尊経」から第十二経「三聚経」までである。第七経「弊宿経」の解説に
本経は「来世は存在するか、輪廻はあるのか、人はその行為の善悪による報いを受けるのか」を主題にするが、(中略)インドでは我すなわちアートマンの思想が説かれた。ところで後世、仏教は無我説の立場に立つものといわれ、仏教徒自身もこれを標榜している。(中略)しかし、仏教の根本思想は無我説であるといわれるが、少なくとも初期の仏教においては、他の哲学諸派がややもすればアートマンを形而上学的に実体視しているのに対して、そのような見解と議論を拒否し、アートマンが存在するか、あるいはしないか、というのがその基本的態度であった。

この解説は間違つてゐる。輪廻はあるのだ。しかし解脱すれば無くなる。解脱の手段として、この文章に続く
そして、自己ならざるものを自己と思い込む妄想と、その実体なき自己への執着があらゆる苦悩の根源であるとし、そのような意味での自己(我)の存在を否定したのである。

がある。解説文の後方を読むと、不十分といふより間違つてゐることがはつきりする。それは
このようにインドにおいて、仏教は基本的には霊魂の存在を否定するものと批判され、そして輪廻・因果応報の説も一般民衆を教化するためのいわば方便節であり、(中略)ところが仏教が中国に伝来すると、仏教徒も含め多くの中国人は、仏教を霊魂不滅と輪廻・因果応報を説く教えとして理解し、(以下略)

解脱する前は中国人の理解で正しい。解脱する前は輪廻・因果応報の説は正しい。

十一月一日(日)その二 典尊経
釈尊の前世は大典尊である。釈尊の直前かどうかは不明だが、それほど古い前世ではない。この典尊経の最後には
それより修行の浅い者は五下結を断ち、ただちに点に生まれて般涅槃し、もはやこの世界に戻らない。その次の者は(中略)一度だけこの世界に戻ってから般涅槃する。それ以下の者は、(中略)最高でも七回(輪廻の世界を)往き来し、必ず涅槃を得る。

涅槃するのはそう遠い未来ではない。釈尊の時代は指導が適切で、皆が涅槃したが、少し時代を下ると涅槃に膨大な時間が掛かるようになつつたのではないだらうか。

十一月一日(日)その三 小縁経
小縁経には宇宙のビッグバンと人類の堕落の物語が書かれてゐる。
天地の終始の中で、劫の尽きるとき、人々は寿命が尽きて、皆、光音天に生まれる。自然に化生して、思念を食べ物とし、光明で自ら輝き、神通力で空を飛ぶ。
そののち、この大地はことごとく水にかわってあまねくいきわたった。その時には、太陽も月も星々もなく、(中略)ただ大いなる暗闇があるだけだった。
そののち、この水が大地にかわると、光音天の神々は福徳が尽きて、寿命がきて、ここに生れきた。(中略)そののち、この大地に甘泉が湧き出、(それは)蜜入りヨーグルトの様であった。かしこから来たばかりの神で、軽薄な性格のものが、(中略)泉に指を入れて、なめてみた。(中略)さらにその他の衆生もまねして食べた。(中略)その身は次第にあらくなり(中略)神通力はなくなり、地面を踏んで歩行した。体の光は次第に消えてしまい、天地は真っ黒になった。

ここまでが分子の誕生である。生命はその前から存在するといふ立場だから生命も分子と同じ真つ暗な闇に存在した。
まっ暗闇ののちには必然的に太陽や月や星々が虚空に現われ、(中略)衆生はただおいしい大地を食べ(中略)沢山食べれば顔色がわるく、少ししか食べなければまだつやつやした色つやであった。顔のよしあし、立派さはここから始まったのである。端正なものはうぬぼれ、醜いものを軽蔑した。醜いものは嫉妬して、端正なひとを憎んだ。衆生はそこで互いにいがみあった。このとき、甘泉は自然と枯れた。

ここまでが前史時代である。このあとうるち米の欲張り合ひが起き、米は生えなくなつた。そして国が生まれる。
相談して、『みんなで地面を分割して、それぞれ、標識を立てよう」といった。(中略)やがて、盗もうという心が生じ、他人の穀物をそっと盗んだ。他の人々は見て、『おまえのやっていることは悪い。(中略)二度とこのようなことのないように』と言った。その人はやはり盗むことをやめぬので、(中略)手でたたいて、人々に、『このものは自分で穀物がありながら他人のものをとった』と告発した。その人もやはり、『この人はわたしをたたいた』と告発した。
そのとき、その人々は二人が言い争うのを見て、うれい、不愉快になり、(中略)今、一人を主人に立てて、それで、きちんと治め、保護すべきものは保護し、とがめるべきものはとがめるようにしたほうがよいだろう(以下略)

ここで大切なことは、最初の国王は人々の願ひで作られたことだ。或いは人間の本能と云つてもよい。しかし権力を持つと堕落する。決して国王と人民といふ対立があるのではなく、堕落した王により悪政が起きることを理解しないと、近代西洋文明が素晴らしいといふ地球破壊思想に堕してしまふ。

十一月一日(日)その四 転輪聖王修行経
転輪聖王修行経には王が堕落する過程が説かれてゐる。輪宝が動くと王の余命は短いことを示し、退位する。輪宝が消えると前王は亡くなる。
『大王よ。申し上げます。いましがた、輪宝がすっと消えました。』
すると、王は聞いても、それを悲しむことなく、また父なる王の意見を聞きに行くこともしなかった。するとその父なる王は突然、逝った。
これより前の六人の転輪聖王は、みんな、つぎつぎとうけついで、正しい法にもとづいて治めていたのに、ただこの王だけが、自分の思うままに政治をして、(中略)国は衰え、人々は気力を失った。

こののち役人が強盗を王のところに連れてきて裁きを申し上げた。王は事情を調べ、貧しいことが原因と判ると庫のものを取り出して与へた。話を聞いて強盗をする者が続出した。そこで市中に触れを出して荒野で処刑した。人々は、もし盗賊になったら同じ目に合ふぞ、と武器を作り互いに傷つけ略奪するようになつた。このとき人々の寿命は四万歳だつたが、二万歳、一万歳とだんだん減つて、つひには百歳になつた。
(長かつた人間の寿命が短くなり、その後少し取り戻した話は創価学会二代目会長戸田城聖氏が講演で取り上げたことがある。大石寺の御影堂の屋根には輪宝が描かれてゐる。戸田氏は亡くなる少し前に、大石寺で大式典を行ひ、そのとき岸信介氏は招待され途中まで出掛けたが引き返して娘婿だつたか代理で出席させた。安倍首相と公明党の仲がよいのはこのときまで遡る。この当時は創価学会はまだ法華経以外の仏教全体について学習してゐたことが判る。)

仏教(八十)(その三)へ、仏教(八十二)

メニューへ戻る 前へ 次へ