七百五十七(乙) 東京大学准教授黛秋津氏に一割賛成九割反対(朝日新聞批判その十四・マスコミの横暴を許すな43)
「東京大学准教授黛秋津氏の主張に半分賛成半分反対」を改称

平成二十七乙未年
十月十八日(日)
「耕論 欧州の境界」は二人の意見を対比させる紙面だから、上原氏の対論として東京大学准教授黛秋津氏を載せる。ソ連が崩壊し東欧が消滅すると旧オスマン帝国領だつたバルカン半島は、ポーランドやハンガリーなど別の東欧地域とは異なるといふ。
ギリシャを始め、オスマン帝国に支配されていた地域では、民族という概念が希薄でした。カトリック、正教徒、イスラム教徒と宗教で区別していた。

ここまで同感である。オスマン帝国だけではなく、世界中がさうだつたのではないのか。黛氏はオスマン帝国が専門だからその範囲でさう述べた。私はオスマン帝国のことは知らないが、世界中についてそのことを気付いたのはスリランカで昔はシンハラ人とタミル人が互いに相手を他民族だと思はなかつたといふ話を知つた時である。日本でも方言の差で日本人どうしでも話が通じない。だから朝鮮半島も清国も外国人といふ感覚はなかつたのではないか。
18世紀後半に西欧諸国から「民族を単位とする国民国家」という考え方が持ち込まれ、19世紀になると、正教徒としてまとめられていた人たちが、「民族」を掲げて、オスマン帝国の支配から自立しようとした。

ここは反対ある。この書き方だと元から西欧諸国に「民族を単位とする国民国家」があり、それが18世紀後半にオスマン帝国に持ち込まれたとしか取れない。しかしさうではなくて西欧諸国にまづ民族を単位とする国民国家が生まれ、次に遅れてオスマン帝国にも入つたのではないのか。黛氏は欧州も専門なのだからそこをはつきりさせるべきだ。反日(自称朝日)新聞の聞き手の質問の仕方と編集が悪かつたかも知れない。しかし校正の段階で立黛花氏も原稿は見ただらうに。
西洋人流の近代国家がなぜ「民族を単位とする国民国家」でなければいけないかといへば、民主主義と称する実際は多数決主義に欠陥があるからだ。

十月二十一日(水)
とはいえ、すんなりと国民国家へ移行したわけではありません。オスマン帝国領は、多様な人々が交ざり合って暮らしていました。そこへ国民国家システムを持ち込んでも無理がある。

ここは国民国家システムが不十分なためだ。ベルギーやフランスのように民族比に応じて議席を配分するのは一つの方法である。多言語であつても選挙や議会が機能するよう通訳を配置するのも一つの方法である。ところが
オスマン帝国崩壊後の1923年、トルコとギリシャは「住民交換」をやります。(中略)そこまでやらないと国民国家になれなかったのです。

これは国民国家といふ制度に欠陥があると見るべきだ。

十月二十二日(木)
17世紀にポーランドとロシアがウクライナをめぐって争い、ドニエプル川の西側はポーランド、東側はロシアと決めた。やがてロシアがウクライナ全体を支配しても、川の西側にはポーランドの西欧的伝統が残った。今のウクライナでも、大統領選挙の得票などに、川の東は親ロシア、西は親欧州という傾向が表れています。17世紀の線引きが21世紀に浮かび上がるんです。

日本を含むアジアでも同じことが云へる。なぜ欧州みたいに資本政党と労働政党のせめぎ合ひにならないかは、文化の相違による。だからベトナム戦争のときまでアジアでは社会民主主義ではなく共産主義のほうに人気が集まつた。ウクライナの川の東と西も同じだが、これが17世紀のロシアとポーランドによる分割によるのか、或いはそれより以前なのかは調べる必要がある。
歴史を通じて、欧州は、ロシアやオスマン帝国とせめぎ合ってきました。しかし、常に対立していたわけではなく、あるときは協調し、妥協してきた。(中略)欧州も、オスマン帝国のような伝統と文化を大きく異にする国も入れて国際秩序をつくろうという姿勢になっていたのですが、第1次世界大戦で瓦解してしまった。

黛氏の間違ひは、欧州がロシアかオスマン帝国に同化する選択もあるのに、欧州が正しいと信じ込んでしまつた。そもそも第一次世界大戦まではドイツ帝国とオーストリアハンガリー帝国には皇帝がゐた。フランスもナポレオンの甥が国民投票で皇帝になり、それは普仏戦争で捕虜になるまで続いた。欧州は紆余曲折を経て今の政治体制になつた。一瞬のうちに出来た訳ではない体制を非欧州に押しつければ、欧州の混乱と同じことを短期間に濃縮された中で経験することになる。黛氏はそんなことも判らないのか。

十月二十四日(木)
バルカンの国々が、西欧的な制度や考え方と相いれないわけではありません。ブルガリアとルーマニアは2007年にEUに入ったけれど、今のところ大きな問題は生じていない。

大きな問題が起きたらブルガリアとルーマニアのせいだ。そんな口振りである。EUの化石燃料消費文明は地球を破壊することに黛氏は気付かないらしい。それでもEUはまだ二酸化炭素削減策を国際社会に提案してきた。それに一番反対するのがアメリカである。米ソの冷戦が終結した以上、EUはアメリカと協調する必要はない。アメリカは第一次世界大戦と第二次世界大戦で癌細胞化した。これを放置すると地球を滅ぼす。EUはアメリカに対して移民受け入れ中止と13州以外への居住禁止くらいは主張すべきだ。
冷戦という例外的な時代が終わって、それ以前の歴史と現在がつながりました。

この見解は絶対に反対である。産業革命以降の変化は、まづ労働者の悲惨な生活を生み、次にアジア、アフリカの植民地化をもたらし、更に二度の世界大戦をもたらした。これが地球の歴史における例外的な時代である。第一次世界大戦の時点でソ連が誕生したが、これは例外に対する平衡作用である。ところが産業革命側は化石燃料の浪費で冷戦を逃げ切つた。だから冷戦以後はますます例外が強まつた。黛氏はそんなことも判らないのか。

十月二十四日(木)その二
反日新聞は上原氏と黛氏の主張を並べることで相反する意見を網羅したと考へたらしい。しかし上原氏の主張は内容が低級過ぎる。同じレベルの主張を並べないと意味がない。上原氏の内容が低級過ぎるから、黛氏の主張に最初は「半分賛成半分反対」と感じてしまつた。丁度気温が5℃の部屋から10℃の部屋に移動すれば暖かく感じる。しかし10分も椅子に座つて仕事をすればやはり寒い。それと同じだ。
しかし黛氏の主張も単なる自由経済賞賛、多数決主義賞賛である。つまり本当は同じ主張なのに低級なのと普通なのを並べただけだ。いくら社会破壊拝米新自由主義反日新聞とはいへ、こんなペテン師みたいなことをしてはいけない。(完)


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