六百五十一、伊藤元重氏批判(その五、実質為替レート)
平成二十六甲午
十二月二十五日(木)
西洋学説鵜呑みの伊藤氏
昭和六十(1985)年のプラザ合意で急激な円高になり、これ以降日本の産業はまともに機能しなくなつた。ところが伊藤元重氏は
西洋の学説を鵜呑みにして、今は昭和四十八(1973)年以来の円安だといふ。その理由は為替レートを物価調整したものが実質為替
レートで、それで見ると今は昭和四十八年と同等ださうだ。伊藤氏は為替レートの変動が物価に影響を与へることに気がつかない。
だから為替レートで変化した産業と物価を前提に単純計算し駄論を主張する。そればかりか次の暴言を吐いた。
私は日ごろ大学で、「素人は為替レートを名目で見るが、プロは実質で見なくてはいけない」と教えている。産業の競争力や貿易動向
などは、実質レートに依存するからだ。名目為替レートだけでなく、物価や賃金の動きを見る必要があるということだ。
ただ、
政府内のある為替の専門家が言っていた。「そうはいっても市場を動かしているのは素人ですから」、と。
十二月二十六日(金)
為替レートの変動に物価が後追ひする
プラザ合意の前と後では日本の産業構造と国民の生活がまるで異なる。それは為替レートが変動するとその国の輸出入品目と輸出入
金額も後追ひで変動する。そして物価も変動する。伊藤氏は変動した物価を基準に実質為替レートを計算する。しかし物価が変動した
といふことは国内の産業構造から国民の生活までが変化したといふことだ。その変化を考慮しないから今と昭和四十八年が同じだと
駄論を述べる。「素人は自分の頭で考へず西洋の学説を鵜呑みにするが、プロは国内の産業と国民の生活を見る」「さうは言つても
東京大学経済学部の教授は素人ですから」。嫌味の一つも言ひたくなる。
十二月二十七日(土)
経常赤字は望ましい
国民にとり一番望ましいのは貿易黒字で経常赤字である。これだと仕事が国内に溢れしかしカネは余らない。最悪なのは貿易赤字で
経常黒字である。これだと国内に失業者が多いのに円高になる。尤も資本主義の欠点は利益だけを目的に技術が改良されるから人
減らしが続き本当は貿易赤字になるべきなのに貿易黒字が続き、しかし人は余る。或いは供給部品の関係で貿易黒字だけ続く。それが
ここ二十年間だつた。判り易く言へば技能職受難の時代である。
このような状態が続くと国民の精神が腐敗する。最近の経常黒字の減少はそれが原因ではないか。或いは精神の腐敗が東北大震災で
供給部品の輸出がうまく行かなくなつたときの復元力に影響を与へたのではないか。本当の経済学者ならそこまで分析し対策を提案
すべきだ。或いは経常黒字が減少を続けてもそれは日本にとり善いことだと国民に説明すべきだ。ところが伊藤氏はどちらもやらない。
十二月二十八日(日)
人件費と物価の比率
プラザ合意の以前と以降で一番変つたのは、人件費と物価の比率である。物は海外から入つてくるから安くなる。人件費は安くならない。
しかし人件費の比率が高くなつたと喜んではいられない。失業者が増大するし非正規雇用は増へる。伊藤氏は実質為替レートとか言つて
得意がつてゐるが、人件費と物価の比率か昭和四十八年と今でどれだけ違ふか考慮したのか。
十二月二十九日(月)
幕末の金銀比率の相違と同じ現象
幕末に黒船が現れて港を外国に解放すると、金銀の交換比率が西洋と日本で異なるため、莫大な金が西洋に流出した。戦後の日本経済
はこの状態と類似する。金銀の交換比率でぼろ儲けをした悪徳商人に当たるのが西洋の技術で製造や流通を行ふ企業である。否、西洋
の技術で製造や流通を行ふ企業であつた。今は海外進出による輸出入で利益を上げる企業がこれに当たる。
それではこれら金銀の交換比率に当たるものは何だらうか。一つには周囲に合はせる日本人の気質であり、二つには中途半端に財閥解体
が行はれたため経営層を目指して出世競争に駆り出されることになつた。一番大きいのは日本では役職と人格が等しいと見做される。同期
より早く課長代理、課長、部長代理、部長と出世する人は人格が上だと見られる。この習慣を無くさない限り、変な経常黒字が続き、国内の
農業や地場産業を圧迫する。
そのようなことを分析し対策を立案するのが経済学者の役割だが、伊藤氏は西洋猿真似の学説に閉じこもる。
十二月三十日(火)
プラザ合意以降産業がまともに機能しないとは
プラザ合意以降日本の産業がまともに機能してゐない。そのように主張すると伊藤氏は反論するだらう。プラザ合意以降も三年前の東北
大地震まで貿易黒字を維持し、しかも経常収支は今も黒字ではないかと。しかし過去或いは未来の財産を食ひつぶす状態はまともに機能
するとは言はない。バブル経済で国民の目が誤魔化されたが、バブル経済が崩壊して以降若年者の失業率や非正規雇用の増大を招いた。
つまり永続が不可能な社会の到来である。
出生率については昭和四十八年まで正常だつた。これ以降減少するのは貿易黒字がこの時から顕在化したのが原因であらう。だから伊藤氏
は昭和四十八年と実質為替レートが同等といふがそれは伊藤氏にとり喜ばしいことではないか。私は実質為替レートに意味はないと考へるから
全然うれしくない。それなのに伊藤氏は問題はこうした超円安がいつまでも続くのか、それともどこかで円高に反転
するのかということだと歓迎しないばかりか、円高を期待する口振りである。
これは国民全体を考へるか技能職を切り捨てて自分たちだけいい思ひをするかといふ立場の相違に因る。自分たちだけいい思ひをするには
円高のほうが有利である。
一月三日(土)
実質レートは現状を指向する
以上をまとめると、実質レートは国内が変動した後の物価から計算される。だから値は現状維持を指向する。変化したときは値が変動する。
伊藤氏が実質レートの変動を主張するのであればプラザ合意のときに値が極めて大きく変動したことを指摘すべきだつた。そのときは
東京大学教授ではなかつたといふのであれば、今からでも遅くはないからプラザ合意のときのこととその日本国内への影響を指摘すべきだ。(完)
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