七百五十七(甲) フェリス女学院大学教授上原良子さんの駄論を批判(朝日新聞批判、その十三・マスコミの横暴を許すな42)

平成二十七乙未
十月十日(土)
八日の十七面(オピニオン欄)は「耕論 欧州の境界」といふページである。ここに上原良子さんの発言が載つた。
「欧州」とは何か。欧州と欧州以外との境界はどこにあるのか。「欧州」はもちろん地理上の範囲ですが、それだけにとどまりません。「欧州」ならではの本質的な価値があるのです。

で始まるが、もし上原さんが指摘する価値が欧州の外側で見つかつた場合に、上原さんは大学教授を辞職するのか。或いはフェリス女学院大学は一切の補助金を国や地方自治体に返却するのか。間違つたことを言つたくらいで辞職か補助金の返却をなぜしなくてはいけないかと云へば、フェリス女学院大学教授の肩書で発言した。

十月十三日(火)
上原さんは、キリスト教的な価値観は国によつて異なるしEUにもほとんど伺へないとした上で
欧州共通の価値観はむしろ、啓蒙思想から引き継がれた「市民的価値観」に見いだすべきでしょう。「議会制民主主義」「人権」「法の支配」「自由」といった概念です。

人類が各地で政府を作つたとき、それは民主主義であつたはずだ。しかしこの民主主義はすぐ独裁制に堕落する。しかし独裁は不安定だから重臣たちが小さな民主主義を復活させ、その中から再び独裁者が出現することもある。民主主義と独裁はせめぎ合ひである。民主主義がどこまで及ぶかは規模による。人口が少ないときは住民全体に及ぶし、規模が大きくなると貴族階級、武士階級などに留まり庶民は無視される。そして平時は民主主義になりやすい。危機の時は独裁になりやすい。
このことは現在でも企業に見られる。平時は各部門の連合体のように運営されるが赤字になつたり倒産の危機になると独裁的な権限を持つ人が現れる。近代になつて政府が民主主義になつたのは、経済が増長して民主主義の余裕が出たためだ。或いは科学の発達が民主主義を実現しやすくしたためだ。選挙に半年かかるようだと民主主義は実現し難い。
つまり人間は場合によつて民主主義を志向する。だから欧州に限らず世界中に民主主義はある。そして独裁もある。それなのに欧州だけが民主主義だといふ。こんなでたらめはない。

十月十五日(木)
この価値観が明確に欧州のアイデンティティーとなったのは冷戦期です。西欧では、ナチズムと共産主義への反発が、議会制民主主義支持に結びつきました。

冷戦期に欧米は韓国、台湾、南ベトナムを支持したが、いづれも民主主義ではない。あの当時は反共であれば何でも支持した。そもそもフランスは第二次世界大戦終結の九年後にディエンビエンフーの戦ひでベトミン軍に敗北した。或いはアルジェリア戦争ではフランス軍とイギリス軍は戦後十七年目の1962(昭和37)年まで戦闘が行はれた。
上原さんはこれらの事実を知らないらしい。教授に不適格である。

十月十八日(日) キリスト教
欧州に「キリスト教的な価値観」を見る人は少なくありません。(中略)例えばドイツで「欧州とは何か」と尋ねると、「それは、キリスト教世界だ」との答えが返ってくるでしょう。/でも、キリスト教の位置づけは国によって異なります。政教分離が定着したフランスだと、宗教を公の場に持ち出すことがタブーですらある。

ここで上原さんは大きなゴマカシを行つた。政治形態と国民の文化は異なる。日本だつて政教分離だが、日本は仏教の国かと質問されれば多くの人がさうだと答へるだらう。中には神道の国だと答へる人もゐるし、葬式は仏教でも形骸化したと答へる人もゐる。フランスは政治がキリスト教と分離したといふだけだ。フランスで「欧州とは何か」と尋ねれば、「キリスト教世界だ」と答へる人は多いし、「ドイツではほとんどの人がキリスト教と答へるがフランスではどうですか」と質問すればほぼ全員がフランスも同じだと答へるだらう。
キリスト教と現代の文化との直接関係でもこれだけ強いが、間接関係となると計り知れない。日本ではすべての生き物を大切にしようといふ精神が、明治維新後の肉食などで薄れたとはいへ、根底には残つてゐる。だから西洋人が人権といふとアジア人には奇妙に感じる。人間に限らずすべての生命を大切にしようといふのは道徳であり、人を殺してはいけないといふのは法律である。西洋人にとつては人権が道徳で、動物愛護は法律である。(ここで法律とは、法律が規制の主役だといふ意味である。だから日本でも動物を虐待すれば法律で罰せられるし、西洋でも人を殺せば法律で罰せられる)

十月十八日(日)その二 ギリシャ
ギリシャがEUの前身の欧州経済共同体(EC)に加盟したのは(中略)冷戦のさなかの1981年です。バルカン半島の南にあり、イスラム世界と境界を接して戦略的に重要な位置にあるギリシャは、当時から西側にいてもらわないと困る存在でした。「独裁ではない」という程度にしか進んでいない民主化でも大目に見てもらえたのは、そのためです。

ここは完全に違ふ。当時のギリシャはアルバニア、ユーゴスラビア、ルーマニアといふ東欧と陸続きである。ギリシャが東欧に行つては困るからECといふ金持ちクラブに特別招待した。これが正解である。ギリシャがイスラムに行くはずが無いではないか。上原さんが西洋かぶれで反イスラムだといふことが、これで判る。


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