七百二、NHKこころの時代、1.「釈尊の遺言〜仏遺教経から」批判、2.日本仏教のあゆみ〜信と行〜 第二回「法華思想の開花」賞賛

平成二十七乙未
五月十日(日) 中身のない番組を批判
日曜朝五時からNHKEテレで「こころの時代」といふ番組がある。四月十九日の放送は極めて良かつたので今月も見ようといふことで、今朝スイッチを入れたところこのシリーズは来週だつた。本日は〜宗教・人生〜「釈尊の遺言〜仏遺教経から」だつた。これが極めて劣悪である。さういふ番組は批評に値せず捨て置けばよいのだが、NHKは視聴料で作られてゐる。シロアリ民主党のせいで、大変な生活を強いられた人も多い。このように出来の悪い番組はどんどん批判しNHKを民営化に追ひ込まうではないか。そこで早速批判することにした。
番組が始まるや、この経に始めて出合つたのは永平寺に修行に登つたときだが、その前に小学生のとき父親が布教師で夕食のあと長時間説法をするが、この経を聴いたことがあるといふ意味の無い話で10分間を経過した。60分のうち最初の10分を無駄にする弊害は大きい。この内容だと半分くらいの人はテレビを切つてしまふだらう。私は我慢して見ることを続けた。すると釈尊入滅の時に北枕だつた話に移り、ここで本日出演の住職が「北枕は縁起が悪いといふ馬鹿がゐる」と言つた。これは許し難い罵詈雑言である。もしさう信じる人がゐたら懇切丁寧に指導するのが僧侶の役目ではないか。それを「馬鹿」とは何だ。僧侶失格である。ここでも我慢して見続けた。
七つの何かに付いて紙に書いたものをテレビに映し、最初の一つを解説しただけで次の話に移つた。次は八大人覚で少欲、知足、遠離、精進、不忘念、禅定、智慧、不戯論である。ここは一つ一つ説明し(といつても全部で二分程度だが)、説明を聴いて労働組合の反対をやればよいのだと感じた。遠離は徒党から距離を置くこと、不戯論は無駄話をしないことである。このあと再びつまらない話になつたのでつひにスイッチを切つた。
今回は主演者の住職が悪いのではない。この人を主演させたNHKが悪い。話の中身がないのだから最初の10分間はカットし、七つが何なのかすべて解説させるべきだつた。そして仏遺教経の全体の流れを解説させるべきだつた。といふことで実に後味の悪い番組だつた。

五月十七日(日) 日本仏教のあゆみ〜信と行〜 第二回
四月十九日に続く第二回は「法華思想の開花」である。前回がよかつたので今回はメモを取つた。法華経全般に付いて
道元は法華経重視
中国、韓国は華厳経重視、日本は法華経重視
一乗思想、久遠実成の釈迦牟尼仏、菩薩の使命 ->根底に「仏の大慈」
法身、報身に対し、実在の釈尊は化身
三車一車の教へ


中盤は、伝教と日蓮について
伝教は比叡山を法華経だけではなく密教、禅なども学ぶ場にした
留学は短く一年ほど
徳一(法相宗)と激烈な論争
密教は即身成仏、法華経も同じ。円教の法華経で端機関に成仏
人を育てる、忘己(モウコ)利他
大乗戒 梵網経
日蓮 1052年末法、元寇、天変地異、観心本尊抄、事の一念三千、一念三千の曼荼羅


日蓮系の解釈だと比叡山は伝教から数へて三代目の円澄以後密教化したことになつてゐるが、最初から密教、禅を含む総合仏教といふのが竹村牧男氏の解釈である。伝教は人を育てることに力を入れたから三代目でひつくり返るとも考へられない。竹村氏の解釈が正しいのだらう。一方で仏教は三学だからこれらすべてを行ふのが仏教なのであつて比叡山の特徴といふ訳ではないのではないか。総持寺日曜参禅会(今は廃止し改変)の指導に当られた東老師が鎌倉仏教は一つを取り出して特化した、と二十年前に言つてゐた。私は三つを行ふのがよいと思ふ。終盤は道元について
道元は法華経は諸経の王と語つた
正法眼蔵に、既に白牛車に乗つてゐるといふ記述がある
道元を尊敬した良寛は法華讃で、同じく既に白牛車に乗つてゐると書いた。常不軽菩薩品。良寛は乞食僧で寺に所属しなかつた。


最後のまとめで
宮沢賢治の雨ニモ負ケズは常不軽だし、菩薩そのもの
一人で生きると思つてゐるが白牛車に乗つて諸菩薩に支へられてゐる。


以上の話を聞くと大乗仏教はよいものだと感じる。私が上座部仏教に肩入れするのは、妻帯世襲で質が悪化した僧侶に刺激を与へて日本の仏教を再生するとともに、宗派に分かれた日本の仏教に上座部仏教といふ中心を与えることによりまとめることができるからである。上座部仏教国は上座部仏教で、大乗仏教国は大乗仏教が栄えるのが一番よい。しかし衰へたときは他の仏教で刺激を与へて再生するのがよい。(完)


大乗仏教(禅、浄土、真言)その八
大乗仏教(禅、浄土、真言)その十

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