五百三十六、上座部仏教所感


平成二十六甲午
一月二十五日(土)「日蓮関係と手を切つたのち」
私は昨年日蓮関係とは手を切ることにした。日蓮系の既成宗派、新興団体すべてに対してである。その理由は日蓮聖人は法華経は日本国内はおろか中国、印度まで広まると予言した。実際には国内でも日蓮宗、創価学会、立正佼成会など合はせて信仰者といへるのは一割以下である。墓檀家を含めてもたかが知れてゐる。中国印度にはほとんどゐない。
だからと言つて日蓮系に反対するのではない。上座部仏教の瞑想にはいろいろな方法がある。息の吸う吐くに集中したり数を数へたりお腹の中に水晶があると考へたり等々。大乗仏教も曹洞宗のように只思考せず座禅を組む方法と臨済宗のように師僧から公案をもらひ座禅をしながらそれを考察する方法もある。さう考へると法華経が優れると考へてお経を読み題目を唱へるのも浄土を願ひ阿弥陀仏に帰依するのも、瞑想の一種だと気付く。更には儒教道教神道ヒンドゥー教、キリスト教、イスラム教すべてが瞑想の方法だと判るではないか。
そのため日蓮系を特別扱ひするのはやめよう。さう思つた。石原莞爾や宮澤賢治が信仰したのは日蓮系が破竹の勢ひで伸びるときだつた。今は不可能である。日蓮系だけではない。仏教全体が世界中に広まることは不可能である。それなら宗教全体の共存を考へたであらう。

一月二十六日(日)その一「タイとミャンマーの女性修道者」
上座部仏教には比丘尼はゐない。これは古代に比丘尼が滅びたためで、私は十五年ほど前までは比丘尼を復活させたほうがよいと思つてゐた。しかしタイに二ヶ月出張中にタイの英字新聞に貧民子弟の寺院による奨学制度が男女平等に反するといふ記事を読んで疑問に思つた。タイにはタイの事情がある。西洋人或いはその影響を受けたタイ人が上から見下した物言ひをすべきではない。
タイには正式の比丘尼ではないものの比丘尼と同等の生活を送るメーチーといふ女性たちがゐる。メーは語の前に付けて女性を表しチーは修道者の意味である。仏教心が篤いのかあるいは離婚等家庭の事情があるのか理由はさまざまであらう。世間で困つた人が男なら比丘、女ならメーチーとして修行することは社会のためにもなるし本人のためにもなる。日本もこのような仕組みが必要である。メーチーは正式の比丘尼ではないから、衣の色は土色ではなく白色である。

ミャンマーの高名な瞑想指導者の女性が来日し私も法話を聴きに行つたことがある。高僧の場合は在日ミャンマー人も多数参加するが、瞑想指導者の女性の場合は参加者は日本人だけだつた。土色の衣を着るのでタイよりミャンマーは自由なのだとそのときは思つた。しかしミャンマー国内では桃色の衣を着て外国では土色を着るさうだ。その点は問題ない。日本人で瞑想のためミャンマーを訪問した男性が一時出家し、この女性指導者から比丘に対しての合掌をしてもらつたと日本に戻つたのちに感激して話すのを聞いたことがある。だから女性指導者がミャンマー、外国で着用を使ひ分けることに心から賛成するものである。

ところが別の問題点がある。高僧が来日した場合は法話はミャンマー語で行ひ、在日ミャンマー人が日本語に翻訳する。女性瞑想指導者の場合は英語で法話を行ひそれを日本語に翻訳する。翻訳者は私もよく知つてゐる熱心な日本人で翻訳は完璧である。しかし英語で法話をすると重要な部分が欠ける或いは西洋化してしまふ。

一月二十六日(日)その二「スリランカの女性修道者」
スリランカで比丘尼を復活させる運動が今から十七年前にあつた。女性の修行者に大乗仏教の尼さんから戒を授けて上座部仏教の比丘尼として誕生させた。当時私は英語の上座部仏教メールグループに所属してゐたが西洋人たちの騒ぎぶりからしてあの運動はスリランカ人ではなく西洋人が主導したと思ふ。
もしスリランカ人が昔の比丘尼を復活させたのなら大賛成である。しかし大多数のスリランカ人が希望しないのに一部の西洋の影響を受けた人たちが比丘尼を復活させるのは間違つてゐる。宗教は宗祖が説法したから宗教になるのではない。長い歴史の中で永続できたその歴史に宗教がある。私が宗教を重視するのも人類が滅亡せずに宗教とともに存続したといふ歴史を重視するからに他ならない。
比丘尼が滅んだには何か理由がある。スリランカでは仏教を弾圧した王朝の時代に比丘、比丘尼が滅び、その後にミャンマーの比丘から戒を授かつたといふのは表面上の理由である。ミャンマーにはなぜ比丘尼がゐなかつたのか、或いは当時のスリランカでなぜ緊急事態として比丘から戒を授かり比丘尼を誕生させなかつたのか。比丘尼の代はりに女性修道者として比丘尼と同等の生活ができる制度こそ重要ではないだらうか。

二月一日(土)「欠点に見える長所」
上座部仏教の比丘が四人以上ゐると新月と満月の日に戒律227箇条を暗誦する。ウポーサタと呼ばれる。大寺院ではそのとき経頭(きょうとう)を務める僧は伝統の速度とイントネーションを守らなくてはならない。だから通常は何十年も修行した長老が務める。
ミャンマーで二年間修行した日本人比丘が420人の比丘を代表してその大任を果たした。ミャンマー人が経頭ならパーリ語とミャンマー語で、外国人が経頭ならパーリ語で行ふ。その話を聞いたとき最初は上座部仏教の欠点だと思つた。暗記してしかも決められた速度とイントネーションといふのは大変なことである。しかし考へ直すと日本人比丘は経頭にならうとして修行したのではない。熱心に修行した結果すべて暗記し正しい速度とイントネーションも身に付けた。その真摯な姿勢を賞賛すべきだ。
上座部仏教で速度とイントネーションも守るその頑な姿勢が釈尊からの仏教を今に伝へる。だから経頭は通常は修行歴数十年の大長老が務める。そこに無理は存在しない。伝統の重みである。

二月二日(日)「マハーカルナー師の講演会」
本日は文京区立大塚交流館でマハーカルナー師の原始仏教トーク「いつまでも幸せに暮らせますか」を聴きに行つた。マハーカルナー師は日本人でミャンマーのパオ森林僧院から日本支院長に任命されて昨年秋に帰国した。極めて優秀な比丘である。
日本の世襲僧侶は駄目な人が多い。葬儀の終了後に法話をせずに帰る人が多い。これは僧侶失格である。日本では法話のできる人はある程度優秀だが更に上がある。質問に適切に答へる僧侶は極めて優秀である。
以上は世俗的な能力だがマハーカルナー師はスリランカで比丘戒を受けブラジルの森林修行を経てミャンマーのパオ瞑想を修了した。世俗的な能力とともにその仏道心は一流である。

二月三日(月)「講演内容」
一時間の余裕があつたので、新宿三丁目駅から明治通りを歩いた。都電の鬼子母神を右折し二又を左に行くべきところ右に歩いたため目白不動、日本女子大横とかなり遠回りをした。苦労をするとその分、感激も大きい。講演内容は次のとおり。
・人間は右上がりと右下がりの連続で右下がりのとき苦しい。苦を考へないと死ぬときしつぺ返しがある
・日本には西洋文化が氾濫してゐるが西洋文化はグリム童話。いつまでも幸せになる。右肩上がりが前提。日本は浦島太郎で最後はおじいさんになる。
・西洋人が仏教修行しても無常観がない。優秀な学僧はたくさんゐる。
・西洋人は末端神経、毛細血管の隅々までI、My、Me、私が、私の、私をが染み付いてゐる。人種ではなく育ち。
・我々は日本に生まれて恵まれてゐる。538年の仏教伝来から芸術、伝統文化。すべて無常がある。
・慈悲は生きとし生けるものに対してであつて特定のものにたいしてではない。慈悲は心が浄化される。人間はさうなつてゐる。
・仏教は苦集滅道しかない。しかし悲観主義ではない。


二月五日(水)「質問の時間」
一時間二十分の講演会終了後に質問用紙を提出し十分間の休憩、そして質問に答へてくださつた。私は信徒は五戒、布施が上座部仏教の伝統で信徒が瞑想をすることはだうなのか、ミャンマーは独立の後にアイデンティティ確立の為に瞑想を推奨したと聞いたがその点はだうなのかを質問要旨に書いた。その回答は
・上座部仏教はずつと今と同じだつたのではなく5世紀から6世紀、12世紀から13世紀が上座部仏教のピーク。14世紀に比丘尼僧伽(サンガ)がなくなつた。このころ下火になり以降は暗黒時代たつたと思ふ。一旦滅んで19世紀にスリランカはタイ、ミャンマーから引き直した。タイ、ミャンマーも民間信仰と混じつた。
・イギリスはインドの植民地経営のためインドの古いものを研究。ケンブリッジ大でサンスクリット、パーリが明らかになつた。それがタイなどに逆輸入。今は終つて研究者は10人くらい。今は日本が中心では。19世紀にミャンマーに学僧が出てその後も何人も続いた。タイも19世紀から20世紀に学僧が何人も出た。
・今盛り上がつた。昔は民間信仰で瞑想をしなかつた。盛り上がつたのか火が消へる前の輝きなのか判らない。ミャンマーで瞑想する人は多い。スリランカはどの寺も別の堂にヒンズーの神々を祭つてゐて商売繁盛、家内安全などはそつちでやつてくれといふことでは。


二月六日(木)「二つの志向」
日本でミャンマーの上座部仏教を学ぶ人には二種類の志向がある。一つ目は瞑想に興味がある人でこれが多数である。二つ目は上座部仏教そのものに興味がある人でこれは少ない。私は二つ目である。
しかし東京ではミャンマーの上座部仏教を学ぶ人自体が少数派で、幡ヶ谷の日本テーラワーダ仏教協会が多数派である。ここはスリランカのスマナサーラ師が指導し、スマナサーラ師はかつては瞑想中心だつたがその後、ご利益信仰にも力を入れるようになつたと言はれる。私が前に法要に参加したときも上座部仏教の伝統行事ではあるが糸を室内に巡らした中で読経した。
瞑想中心の考へからすれば糸は民間信仰かも知れない。しかし私は長い間人々に親しまれて来た伝統は併用すべきだと思ふ。私が瞑想志向になれない理由は肩が凝るためである。一時間の瞑想一回なら問題はない。しかし二回以上繰り返すと肩が凝つて大変なことになる。ミャンマーから高僧が来日したときに首を前かがみにならないようにしたらうまく行つた。ところがその後そのことを気にし過ぎて余計肩が凝るようになつた。翌年来日したときは一回目の瞑想が終つた後に公園の池の周りを走つたが駄目だつた。更には会社のパソコンのディスプレイを箱の上に置いて首が下を向かないようにしたが駄目である。

二月九日(日)「日本の瞑想道場」
マハーカルナー師の法話で一つだけ別の意見を持つたのは次の部分である。
ミャンマー、タイは日本ほど大乗仏教の無常観がない。印度、中国の影響を受けて即物的。印度、中国はカネの話になると即物的である。

タイ人から聞いた話では、華僑は金儲けが上手でタイ人は店番はできても値段の交渉になるとできないさうだ。ミャンマー、タイが即物的なのではなく華僑が即物的なためではないだらうか。考へてみると中国は儒教道教が優勢、印度に至つては仏教は滅んだ。タイ、ミャンマーこそ仏教国だと思つてゐたが日本が一番なのだらうか。

マハーカルナー師がパオ森林僧院の日本支院長に任命された理由は日本に瞑想道場を造るためである。ミャンマーと同じように瞑想をしたいときに訪問して瞑想したいだけ瞑想をしてしかも無料。ミャンマーでは多数の仏教徒がそれを支へるが日本には上座部仏教を支へる人が極めて少ないからこのままでは困難である。マハーカルナー師の講演会も上座部仏教をもつと多くの人に伝へるために始めたのであらう。日本には大乗仏教の長い歴史があるからもし大乗仏教に活力があるのならそれを大いに尊重すべきである。しかし寺請け制度と世襲僧侶で今は国民を救ふ力を失つた。上座部仏教を少しでも導入することにより大乗仏教の活力も取り戻すことができる。
来月からマハーカルナー師の講演会は第一土曜日になり三月は中央区立産業会館である。私は組合の用事があり土曜は出席できないが多くの人に集まつてほしいと思ふ。

二月十一日(火)「上座部仏教の利点」
パオ系では鼻から吐く息に意識を集中する。これは在日韓国人で韓国仏教の曹渓宗とミャンマーで修行されたS先生から教はつた方法で 電車の中でもできる。心が落ち着いて怒ることがなくなる。怒るのはミャンマーでは極めて悪い行為だと聞いた。
この方法を覚へた。これだけでも上座部仏教を学んだ価値がある。(完)


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